天才に恋をした
筆記試験にパスしてすぐに、諮問試験が始まった。


大きな会場に案内され、番号ごとに呼ばれて行く。

苗とは別行動だ。


一人づつ呼ばれて、二人の面接官から質問される。


これが一番キツいとは聞かされていた。

だけど、予想以上だった。


通常通り、志望理由などを聞かれた後、

こんな質問が来た。



「あなたの目の前で、妻が殺害されようとしている。


あなたはその殺害者たちからは見えない位置にいる。

ただし、手には武器も何もない。



一方、殺害者は複数いて、手には銃やナイフを持っている。

相当な軍事訓練も受けている。


正規軍人であると、あなたは理解する。


妻の足元には、すでに殺害された複数の遺体がある。

ほとんどが、子供と老人、そして女性だ。


この場所は、非常な僻地で助けを求めることが可能な場所ではない。

また、だからこそ虐殺が行われたと言える。


あなたは、どうしますか?」




言葉を失いそうになった。

そんなの……


宮崎先生…


ぐっと、喉をしめた。



「俺が出ていっても、妻は殺される…」

「その通り」

「俺も当然死ぬ…」


試験官はうなずいた。


「俺は出て行きません。その場に留まり、軍が退却した後、しかるべき国際機関へ届け出ます…虐殺の事実を世界へ伝えるために」

「それが、君の答えですか」

「そうです」


試験官が身を乗り出した。


「その後、君は自分自身に対して、どのような行動を起こすのだろうか?」

「今まで通りです」

「今まで通りとは?」

「妻と共に生きます」

「しかし、妻は死んでいる。あなたが見殺しにしたんだ」


グサリと、胸が切り裂かれた。

本当に起こったことのように。



だけど、それでも俺は苗と共にしか生きられない。

この世の誰もそういう風に生きているのに、気がついていないだけだ。



「人は死ぬと無になると言う人がいます。

本当でしょうか。


死ぬと無になるなら、

なぜ俺はその人のことを覚えているんでしょうか。


死ぬと無になるなら、

その人の発言や行動、

育てたものや生み出したもの、

家族や愛用の品々…



それらは、なぜ無にならないのでしょうか。

死ぬと無になるなら、

それらも全て無にならなければ、

おかしいはずです。



死は人を無に返すものではない。

メガネを外すように、

ジャケットを脱ぐように、

重いものを脱ぎ捨てて、

自分自身へと還ってゆくだけです」



試験官二人は、しばらく黙って意味を吟味しているようだった。

そして言った。


「非常に東洋的な思想です。非常に東洋的な…」


ゆっくりと顎髭を撫でている。


「哲学です」


これで諮問試験は終わった。
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