天才に恋をした
ドアが開いた。

試験官が呼びに来たのかと思ったら、苗だった。


戸惑ったような顔で、立ち尽くしてる。



「どーした?」

「…」


ただ黙っている。



手に握られているものが見えた。



「なんだ、それ?」


無言のまま、苗が手を開いた。


「ラベルピンか」


背広の襟につけるアクセサリーだ。


「ストラスバーグ先生が来て…」

「誰が来たって?」

「お父さんの教え子…」


苗が泣きそうな声で言った。

ああ、そっか。教え子がこの大学で教えてるんだった。



「俺にくれるの?」


苗がうなずいた。

俺の手が離せないので、近くの人が受け取ってくれた。


「付けてあげようか?」

「そうするよ……ありがとう。苗もありがとな。もう戻れよ」



肩を落として、苗が部屋から出ていった。

大丈夫かな、アイツ。

土壇場で、親父さんのこと思いだしちゃって。




「時間です。移動してください」

の声で我にかえった。


係員が、シュエを見た。


「あなたは大丈夫?」

「大丈夫です」

「肩に掴まれよ」

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