天才に恋をした
飛ぶような足どりで家へ帰った。



あれ……?

苗がいない。



電話してみた。


……電源オフか。



何かに夢中になると、ケータイの存在そのものを忘れるからな。

試験が終わった後、電源を入れるのを忘れてるんだろう。



ソファーへ横になる。

あ~あ、疲れた。
眠い……………





猛烈な空腹で、ふと目が覚めた。
アタマがボンヤリする。

メールの着信音が入った。


伸びをして、端末を手に取るとシュエからだった。


「病院に行って点滴を受けてきました。もう問題ありません。私も家族も真咲に心より感謝しています。苗によろしく。彼女は、とてもつらそうだった」



つらそうだった?



しばらく考えて、体を起こした。


部屋は静かなままだ。



まだ帰ってない?




嫌な予感が頭をよぎった。



もう一度、電話をかけた。

電源は入っているけど……


「なんだよ…!」



慌てて、テレビをつけた。

どのチャンネルも、いつも通り平穏そのものだ。

ネットニュースを検索したけど、何も起こっている様子はない。



メールも打ったけど返信がない。



落ち着け……



春一に電話してみようか?

思うより先に、ボタンを押していた。



「おう、どうしたの?」

「苗が帰ってこないんだけど、どこにいるか知らね?」

「ええ!わっっかんないなぁ……お友だちと会ってるとか?」

「こっちに友だちなんか……」

「いや、ホレ。いたじゃん。同じ学校だった女の子」


え、乃愛!?

ナイナイナイ。


「あんなの、友達でも何でもねーし!」

「そうなんだー。二人してその子と会ってるんだろうと思って、打ち上げしたかったけど遠慮したんだよぉ?」

「打ち上げか。やりたいな」

「やりたいよ~~!」


帰国前に一回会おうと言い合って、電話を切った。




乃愛と会ってる?

それはナイだろ……

メールでやり取りすれば、宿泊先くらいは分かるだろうけど。



でも今はそれしかない。



ホテルはよく知らないけど、乃愛が安宿に泊まるはずない。

試験会場の近くで、四ツ星以上と言ったら一軒だけだ。



それが違ったら……

いや、もういい。

行った方が早い!




端末が鳴った。

つかみとって、苗の名前を確認する。



「苗!?」

「ハイ…」


弱々しい声がした。

ハイじゃねーよ!



「どこに居るんだよ!?」

「乃愛ちゃんの……」

「ホテル!?乃愛と会ってるのか?」


アイツに関わるなって言おうとした途端、電話口から湿った声がした。


「乃愛ちゃん、いない」

「いない?」

「帰国したって」



………


ああ、そうだろうな。

あんな負け方して、プライドが許すはずがない。


「そこにいろよ。迎えに行くから」

「……」

「な?飯は食ったか?」


受話器の向こうは無言だ。


「待ってろよ」

「来ないで……」



は……?


来ないで?



ふと、窓から用水路沿いの道を見下ろした。



いる!


窓を開け……ここ開かないんだった!



テラスに回り込む。



「苗!」


苗が涙で曇った目で顔を上げた。


「どーしたんだよ!」

「キライッ!」



キライ???



「何が!?」

「キライッキライッキライッ!!」



近所迷惑だ。



「今、降りるから!待ってろよ」

「うう!!もうヤダッッ!!」


ど、どうしたんだ…?

ガンガン足を踏み鳴らしている。

壁でも蹴りだす勢いだ。



急いで、外へ飛び出した。


アレか、試験のストレスが爆発したのか??



アパートの裏手に出たとたん、苗が飛びかかってきた。


「うわーん!!キライッキライッキライッ!!」

「なんだ、なんだ、どーしたんだよ!?」


苗の手首をつかんで落ち着かせようとした。


イテッ!蹴られた!



「相談にのれるって言った!」

「なんだよ!?」

「だけど、いないんだもん!」



乃愛のことらしい。


「そうか、いなかったか」

「いないっ!」

「ああ、失礼なヤツだな。もう忘れろ。な!」


窓から人が次々に顔を出してくる。


「ご心配なく!彼女は試験のストレスを発散しているんだ!」


言い訳をすると、さすが学研都市。

みんな納得したように、うなずき合う。


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