天才に恋をした

苗のヒステリーが続く。


「言った!言ったのっっ!!」

「うん、約束を守らない奴はサイテーだ!家に入ってメシ食おう!」

「お、俺だけ見てろって言った!」

「そうだったな!……んん?」



眉を寄せて、苗を見つめた。

泣きはらした目で、俺をにらんでいる。

だけど、その目の奥は途方に暮れていた。


「俺だけ見てろって言ったのに……!!」


言ったよ。

それがどうしたんだ?


「だけど、見てない!……真咲くんはこっちを見てない!」


苗がその場に崩れ落ちそうになるのを支えた。


「見てるだろ…?」

「見てない!」

「見てるって」


苗は何か言いたげに口を開こうとするが、パクパクするばかり。

かわいそうに、泣きすぎて呼吸がおかしくなってる。


「見てなかったか?ごめんな」


苗の背中をさすった。


「ごめん」


苗の腕が伸びてきた。

俺の肩に手をまわすと、首もとに顔をスリ寄せてきた。


苗から来るなんて初めてだ。

やっべー。嬉しすぎる。



「もう、いや……」


小さい声がした。



「もう二度とイヤ……」



傷つき、疲れきった声だった。

苗の頭を撫でた。





「もう終わったよ」





街中の教会から、鐘の音が鳴り出した。

何百年も続く、時の音が。



「終わったんだよ」

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