天才に恋をした

43-3

何もかも尽き果てた……という感じで、苗はそれから眠りっぱなしだった。

一応、食事のために起こしたけど、子供のように食べながら船を漕いでいる。

その上、熱まで出したから、帰国するのは先延ばしになった。



「医者も風邪じゃないって言ってる。疲れだろうって」

母ちゃんに電話で答えた。



「熱があるだけで、セキもない、鼻水も出てない」

「そうなんだ。じゃあ、ゆっくり休めば大丈夫そう?」

「ああ、大丈夫。また電話する」

「薬局にイワシで作ったドリンクが売ってるはずだから、飲ませてあげて。すごく効くよ」


ふーん。

外は大雨だけど特にすることもないし、ブラブラ買いに行って戻ってきた。

用量通りに希釈して、苗の部屋をのぞくと、布団をかぶって震えていた。



「どうした、寒い?」

「爆弾が落ちてくる!!」


苗は怯えたように、俺の手から布団をもぎ取り返した。


爆弾って……


「爆弾なんかないよ」

「爆弾の音がする!!」


うなされてるのか?

耳を澄ませても窓を叩く雨の音が聴こえるばかりだ。


「雨の音しか……」

「ちがう!」


布団の中から、くぐもった声が聞こえた。

「爆弾なの!」


爆弾って言われても……



「空爆のこと?あれはこんな音じゃないだろ。もっとヒューっていうような……」

「ちがうよ!ちがうよ!そんな花火みたいな音じゃない!」


苗が汗だくの顔で布団から頭を上げた。


「怖い…!」


その目は必死だった。

本気でそう聴こえるみたいだった。


考えてみたら、俺は空爆の音なんて知らない。

だけど、苗は知ってる。


「雨だよ。苗、空爆じゃない」

「えええーーーんっ!」


目を真っ赤にして、むせび泣いている。


「すごく怖かったんだな」

「こわい…うっううっっ」

「我慢してたんだな?」

「こわい……」


音楽をかけて、寝かしつけた。



また次の日には、苗の泣き声で目が覚めた。



「うわあああああああん…!」

「どうした?」

「私も連れてってー!!」

「なに?」

「おいていかないで!」


宮崎先生のことを言ってるらしい。

俺にすがりついて、何度も何度も懇願した。


「呼んだって一度も答えてくれない!お父さんは私のことが嫌いなんだ!!」

「いや、そんなわけ……」

「何でおいていくの!?うあああああっっん!!」


こっちの言うことが耳に入っていない。

泣きじゃくって、苦しみにもがいていた。


必死で俺にしがみついて、

涙と汗でぐしゃぐしゃになりながら言う。


「わかってる……これが夢だって、現実じゃないって……」


絶望に声が震えていた。


「それでもいい、今だけそばにいて……」



かわいそうで、腹が立ってきた。



なんで、苗がこんな目に遭うんだ。

天才だけど、ごく普通の女の子だったのに。

なんで、こんなに苦しまないといけないんだ。



腕の中で、うなされる度に苗を抱きしめた。


ちくしょう。

待ってろよ、世界。


俺が相手になってやる。
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