天才に恋をした
寝込んで五日目。

目が覚めると、横で寝ていた苗がパッチリ目を開けてこちらを見ていた。


手を伸ばして、額をさわった。


「熱、下がったな」

「熱、下がった」


オウム返しに答えた声に、力が戻っている。


「メシ食うか?」

「くう」


思わず笑った。

もう大丈夫そうだな。




伸びをして、ベッドから起き上がった。

簡単な食事の後、シャワーを浴びてもヨロヨロしているので、ベッドに戻した。




「薬、飲んだか?」


苗がうなずく。

自分で飲めるなら、昼と夜のを分けておこう。




「真咲くん……」

「なに?」


仕分けるのに、集中してその後を聴き逃した。



「なんか言った?」




コレが……朝と夜……

コッチは発熱時……だから、もういいか。




「真咲くん」


あ、母ちゃんに電話しとこ。


「なに?」

「……き」

「なんて?」




苗は答えない。

かまわず、俺は聞いた。




「お前、あのイワシのやつは飲んだ?」

「……うん」


別に魚臭くはないけど、独特の味だからな。



「…真咲くん、……き」


飛行機、取れっかな。

苗の顔を見た。




真っ赤な顔で、こっちを見ていた。

また……熱が、上がったわけ………じゃない。



「今……なんて言った?」

「すき」



息が止まりそうになった。



「好きって言った……?」



苗が涙目でうなずいた。


「真咲くん……好き」



言った。

確かに、好きって言った。

これは、男女の『好き』だ。




ベッドの横に、膝まずいた。



「『好き』……?」

「好き。真咲くんのこと、好き」




夢じゃない。

夢じゃない……よな?



信じられない思いで、苗の顔を見つめた。

まっすぐな瞳に、俺だけが映っている。


「真咲くん、好き……!」



感動して、涙が出た。

苗の頬に手をやった。


「うん……俺も。俺も苗が好きだ」

「真咲くん、好き。大好き!」



何度もそう言ってくれる苗の言葉に、胸がいっぱいになった。

その体をかき抱いた。

言葉が出ない。




唇を合わせた。

壊れものを包むように、最初は優しく、次第に深く。

何度キスしても足りない。



「好き……真咲くん、大好き」


唇が離れるたびに、ため息のように言葉が漏れる。


コイツ……もうどうしよう。

病み上がりのクセに、あおりやがって。




「苗、愛してるよ」

「そうだった……愛してるだった。私も」


礼拝へ向かう子供たちの声が聞こえてきた。

今日は、日曜日だ。


「結婚しよう」


入籍はしてるんだけど、まだ指輪も買ってない。

その薬指を唇に当てた。



「ちゃんと、どっかで。式を挙げよう」

「うん……」



キスに答える仕草がいとおし過ぎて、

感情が皮膚を突き破りそうになる。

全身が痛い。



「……治ったら、覚悟しとけよ」




もはや理性が崩壊寸前。


苗がぎゅっと服の背を握った。

「好き……」



ゾクッとした後、一気に血が駆けめぐった。



「もう、ムリ……」


苗を腕の中に閉じ込めた。


「俺を信じられるな?」



たどたどしく苗が答えた。

「『おまえは、俺のもの』」


もう返事は待たなかった。
< 268 / 276 >

この作品をシェア

pagetop