て・そ・ら


 相手はクラスメイトの男子だった。それは間違いない。しかもこの外見は多分、あたしの隣の席の男子だ。

 でもって、私が言った、げ、という言葉と、相手の言った、おえ~、には関連がある(と思う)。

 目の前の彼は、鼻血を出して片手で顔を覆っていたのだ。

「・・・だ、大丈夫?」

 あたしはプリントを膝小僧で踏んづけて彼に近寄る。どうやらぶつかった拍子に鼻を強打したらしい。それで鼻血が出て、その気持ち悪さに吐き気がするらしい。ハプニングキスなんて驚いている場合じゃなかった。相手は血をダラダラ流して負傷中だ!

 黒髪をかなり短くした頭をちょっとあげて、相手があたしを見る。やっぱり間違いない。クラスメイトの、横内航(よこうち・わたる)だ。

「らい、ろーぶ」

 うん、きっと大丈夫って言ってるんだろう。

「あのー・・・ごめん、かなり走ってたから、あたし。ええと、保健室に行ったほうがいいと思う」

 片手で顔半分を覆っている彼にそう言うと、痛そうに目元をしかめたままで頷いた。ポタポタと血が床に落ちている。

 ――――――あ、プリントが。

 あたしは薄情にも、先生に託されたプリントに血がつかないことを優先した。ばばっと一気にかき集めて手早く整える。

「・・・じゃあ」

 横内がそろそろと立ち上がった。血が逆流するらしく、気持ち悪いのかまだ顔を顰めている。夕日が満ちつつある放課後の校舎の中にいるのに、顔が真っ青なのが判った。

「一人でいける?」


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