裏腹王子は目覚めのキスを

「な、なんで、トーゴくんが」
 
わたしの慌てぶりなんて目に入らないように、彼はゆらりと身を起こし、もう一度あくびをした。

「あー、お前があんまり気持ちよさそうに寝てるんで、つい」

「ついって……」
 
開いた口がふさがらない。
 
眠ってる女を、『つい』後ろから抱え込むように寝てしまうって、そんなことある?
 
信じられないという顔で見ていたせいか、トーゴくんは弁解めいた口調で言った。

「いや、なんか、猫に寄り添うような気持ちで」

「ね……ねこ」

「お前、ほんと癒されるわ」
 
はは、と笑うトーゴくんがふざけているのか本気なのかわからなかった。
 
こっちは死ぬほどびっくりしたっていうのに……。
 
トーゴくんの乾いた声と窓から入り込んだ湿った風が、薄暗い室内を漂う。

心の中で深いため息をつきながら、わたしは電気をつけた。頭上から明かりが注ぎ、ラグに胡坐をかいた王子様が色鮮やかに浮かび上がる。
 
壁の時計に目をやると午後七時すぎを指していた。

「何時に帰ってきたの?」
 
放り出してあった洗濯物を片付けながら聞けば、王子様はまだぼんやりした様子で答える。

「あー……30分前くらい? 思ったより早く上がれたんだよ」

「そうなんだ……あ、お肉焼かなきゃ!」

大事なことを思い出して、わたしはキッチンに駆け込んだ。
ダイニングテーブルを大急ぎで片付け、冷蔵庫で冷しておいたスープとサラダを運ぶ。

「うっわ、なんだこれ、すげーな」
 
取り皿にグラスにカトラリー。いそいそとテーブルをセッティングしていると、トーゴくんはネクタイを緩めながら近づいてきた。

< 105 / 286 >

この作品をシェア

pagetop