裏腹王子は目覚めのキスを

「すぐそこの営業所の矢部っていう後輩がさ、羽華ちゃんに一目ぼれしたって」

「あらぁ、そうなの? いいじゃない新ガスに勤めてる人なんて。ね、羽華子、紹介してもらいなさいよ」 
 
お母さんがまんざらでもなさそうにわたしの腕をつついてくる。
 

圭吾くんが勤めている新基ガスは、都市ガスやLPガスの販売を扱うガス事業者で、このあたりでは最大手企業だ。

地域に根付いているうえに会社の風通しもいいと評判で、毎年、近辺の大学生が就職したい会社のランキング1位に選ばれている。

旦那さんが新基ガスに勤めてるというと、わたしたちの地元ではとても羨ましがられるのだ。

「いやー羽華子ちゃんはモテモテだねぇ」
 
アルコールで真っ赤になったおじさんが、ニコニコ笑っている。おばさん同様に、わたしを昔から娘のように可愛がってくれた、優しい人だ。
 
はっきりした性格のおばさんと、穏やかで優しいおじさん。こうやって見ると、トーゴくんがおばさん似で、圭吾くんがおじさん似ということがよく分かる。

「羽華子、チャンスよ! あんたは桜太と違って自分からは行動できないタイプなんだから、周りのお膳立てに乗らないと売れ残りになるわ!」
 
お母さんが勢いよく言って、わたしは持っていた麦茶のコップにため息を落とす。

「売れ残りって……わたしまだ26だし……」

「いやでも、本当に紹介しようか? そいつも三十手前で、けっこういいヤツなんだよ。今住んでるのは確か――」
 
圭吾くんが身を乗り出すように言った瞬間、

「羽華、そろそろ行くぞ」
 
低い声がテーブルの話題を遮った。

< 169 / 286 >

この作品をシェア

pagetop