裏腹王子は目覚めのキスを

引き止めようとする面々に苦笑いを返しながら、わたしは身支度を整えた。
といっても、荷物はすでにキャリーバッグに詰めて玄関に置いてあるから、エプロンを外して出かける準備をすれば完了だ。

「まったく統吾はせっかちだなぁ」
 
鷹揚に笑いながら、圭吾くんがとなりの部屋の子どもたちに声をかけた。

「羽華子、忘れ物はない?」
 
廊下を歩きながら母に念を押され、「大丈夫」と答える。お父さんと桜太は今日ふたりで出かけていて、朝のうちに別れの挨拶を済ませていた。
 
玄関を出ると、家の中からみんながぞろぞろと見送りに来てくれる。
ふとおばさんが寄ってきて、わたしの耳元でささやいた。

「強引だしワガママで大変かもしれないけど……統吾のこと、よろしく頼むわね」
 
小声で言うと、トーゴくんとそっくりの大きな目で、ばちんとウインクをする。

「あ……はい」
 
返事をするわたしの肩を、おばさんは優しく撫でた。

「羽華子、しっかりね。トーゴくんに迷惑かけないのよ」

「わかってるよお母さん」

「統吾、仕事もほどほどにな。身体壊したら元も子もないぞ」
 
圭吾くんの言葉に、トーゴくんはいつもの不機嫌そうな顔をのぞかせる。

「ああ。つか、誰も車出そうってやつはいねえのかよ……」

「だあって、みんなお酒飲んじゃったんだもの。バスの時間、大丈夫?」
 
おばさんが時間を気にするように落ちかかった太陽を見ると、トーゴくんはちらりとわたしに視線をよこした。

< 171 / 286 >

この作品をシェア

pagetop