裏腹王子は目覚めのキスを
仕事帰りのビジネスマンが行き交うコンコースは、様々な音でざわめいている。
自動改札の電子音、大勢の足音、話し声。
改札の隅っこでそれらを背中に聞きながら、健太郎くんを見つめた。
「わたし、健太郎くんのマンションに行ったらダメかな?」
キンコーン、と誰かが自動改札機に止められた音が響く。
そちらに一瞬気を取られたあと、わたしは続けた。
「やっぱり結婚とか……その、いろいろ準備するのに、幼なじみの家にいつまでもお世話になってたら悪いなって思って……」
「……うち、狭いから。ふたりは住めないよ」
表情の変化も声の抑揚もない。
平然と言われて、わたしは声を落とした。
「でも……」
「旅行のあとで、一緒に住む家も探そう。僕、寝室は別じゃないと眠れないから」
「……うん」
「それじゃあ、16日に」
改札をくぐって階段を上っていく背中をじっと見送る。
身体のサイズに合っていないスーツのジャケットは丈が長く、小柄な彼を一層小さく見せている。
大勢のビジネスマンが行き交う通路を、健太郎くんは歩調を緩めることなく進んでいく。
その背中は一度も振り返らずに、やがて人の波に呑まれていった。