裏腹王子は目覚めのキスを


先週まで満開に咲きほこっていた桜は、新芽の緑にすっかり主役の座を奪われて、道路にわずかに花びらの影を残しているだけだ。

マンションに隣接する小さな公園を通り過ぎ、五分も歩くとスーパーマーケットが見えてきた。店頭に並べられた野菜を見ながら、品のいいスーツをまとった背中を思い浮かべる。
 
トーゴくん、お夕飯はどうするんだろう?
 
かごをぶら下げて、ひとまず目についた野菜を入れていった。空っぽだった冷蔵庫を思い出して卵と肉も買うことにする。最後に一キロのお米も購入し、マンションに戻った。
 

石目調で高級感の漂うキッチンも、散らかった部屋にあっては形無しだ。
 
ガスコンロは三口あるし、広くて使いやすそうなのに、トーゴくんはまったく料理をしないらしく、うっすら埃がつもっている。それでも一応、一通りの調理器具は揃っているようだった。
 
わたしが一人暮らしをしているときには食器棚なんてなかったなぁ、と思いながらあちこちの引き出しを開けて中身を検分する。
まだ段ボールから出していないのか、引き出しはほとんどが空だった。炊飯器も見当たらないけれど、鍋さえあればお米は炊ける。
 
油汚れがない分、水拭きをするだけでぴかぴかになったキッチンに、買ってきた材料を並べて「よし」と腕まくりをした。

昼食は簡単に親子丼だ。
 
他人の家のキッチンを勝手に使うのはなんとなく気が引けるけれど、まったく使われていないことがかえって良かったのか、気にせず好きなように使って昼食をこしらえた。

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