裏腹王子は目覚めのキスを

「なんだ、前言ってた休職中って転職中ってことか」
 
鏡に向き直ってトーゴくんは自らの全身をチェックする。

頭の天辺からつま先まで、抜かりなく魔法をかけて、王子様は仕事モードのビジネスマンに変身する。

「けど、辞めてから一年も――って、やべ、こんな時間じゃねーか」
 
鏡に映りこんだ逆さまの時計に目をやり、彼は洗面所から飛び出した。

玄関脇の棚に置かれたケータイやパスケースをポケットに突っ込むとシュークロゼットから黒い革靴を取り出す。

「じゃあな」

「うん、いってらっしゃい」
 
今日は言えた、と思いながら見送っていると、玄関を抜けた彼が振り返り、わずかに笑みを見せたような気がした。


扉が閉まり、部屋の中からは慌ただしさが消える。
 
ドアの外に見えた春の空には雲ひとつなかった。

「よーし、今日もやるぞ」
 
まだまだ片付きそうもない室内に向かって、わたしは気合いを入れた。





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