裏腹王子は目覚めのキスを


『あの子は面倒くさがりだし、忙しさにかまけてろくな生活してないんじゃないか』と心配していたおばさんの困ったような顔が思い出される。
 
さすが、息子のことをよく分かってる。
 

わたしの反応で呆れられたと思ったのか、トーゴくんが形のいい唇をゆがめた。

「仕方ねーだろ、仕事が忙しくなって、片付ける暇もねえんだよ」

「いくら忙しくても、土日は休みなんでしょ?」

「あいにく休日出勤が増えたからな。たまの休みがあっても家にこもるなんてごめんだし」
 
時間があるなら気晴らしに出かけないとやってられない、と子どものように口を尖らす。
 

家には寝に帰るだけ。洗濯しても畳む暇がないから放りっぱなし。

そんなふうに過ごしているうちに、ただ物が多いだけだった部屋は、今や足の踏み場もないほど散らかったゴミ屋敷へと変貌を遂げつつある。
 

最低限の生活を営むための秩序すら消失してしまったような室内を見渡して、ため息がこぼれた。
 

わたしに課されたミッションは、忙しいトーゴくんがきちんとした生活サイクルを取り戻せるようにこの部屋をきれいに片づけることだ。

『統吾を頼むわ』とおばさんから半ば無理やり交通費とお小遣いまで渡されてしまっている。
 

わたしの飛行機代を負担するよりも家事代行を依頼したほうがよっぽど経済的なのに、見ず知らずの人間を自宅に招きたくないというトーゴくんの性格を見据えて、おばさんはわたしに頭を下げたのだ。
 
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