裏腹王子は目覚めのキスを



1軒だけある和食屋の店頭メニューで確認したところ蕎麦とうどんしか置いておらず、「親子丼が食いたい」というトーゴくんの希望は叶えられなかった。
その代わり、二番目に食べたかったというタイ料理のお店に入る。
 
ベトナムのアオザイによく似た民族衣装風の制服を着た店員さんに、いかと野菜の炒め物と鶏肉のバジル炒め、トムヤムクン、それからシンハービールを注文する。
 
最初にビールが運ばれてきたけれど、トーゴくんはコップをひとつしか受け取らなかった。

「お前はダメ。どうしても飲みたければ俺のやつちょっと舐めろ」

「別にいいけど……」
 
椅子に座って煙草をふかすトーゴくんは、どことなくむっつりしている。

「トーゴくんがタイ料理好きだなんて思わなかった」

「ああ、最近シンガポールの人間とやりとりしてて、東南アジア系の料理が食いたいと常々思ってたから」

「シンガポールの人間?」
 
ちょっと驚いていると、彼は白地に青色で絵付けされたタイ独特の陶器の灰皿に、ぽんと煙草の灰を落とした。

「仕事だよ。今度シンガポールに進出するっていう話が進んでて」
 
トーゴくんがノートパソコンを使って英語で会話をしていたことを思い出した。あれはシンガポールの人と話をしていたのだろうか。

「海外事業部の人手が足りなくて俺も参加させられてんだよ。おかげでちっとも休めねえ」  

「大変なんだね」 

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