【壁ドン企画】 どっち?


背中を向けていた専務が、こちらを向き座り込んだままの私に近づく。
コツコツという革靴の音が、非常階段に響いていた。

目の前にしゃがみ、視線を合わせた専務が私を見つめる。
何も宿してはいない、ガラスみたいな瞳で。
何もないからこそ……綺麗な瞳で。

「おまえなんかもう、とっくに壊れてるだろ」
「……え」
「俺なんかを好きな時点で、とっくに壊れてる」

届かないのならと、望まれないのならと最初に消したハズだった恋心。
それを見透かされていた事に驚いて目を見開いた私を、専務の揺れない瞳が見つめる。

気付かれまいとして必死に抱えていた気持ちを言い当てられ、それを急速に自覚し……途端、溢れる。
あの日以来、どんなにひどくされても落ちなかった涙が、頬を伝っていた。

熱い……と感じるのは、私の表面が温度を失くしているからか。
自分の中から溢れ出たモノの温かさに驚く。

そして。
それを拭ってくれる専務の指先に灯った熱に、もっと驚いた。

涙を溢れさせながらただ見つめる私を、専務が見る。



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