壁ドン王子な上司さま
姫はご機嫌ナナメ。
ミスったら壁ドンでお説教、褒める時にも壁に追い込み頭ポン。
部内の女性社員はみんな1回は経験しているというのに、わたしはゼロ。
怒られるようなことをしてないし、褒められることもないから、する理由がないからなのか。
横目で課長を盗み見ていると、PCから顔を上げた課長と目が合った。が一瞬眉間に皺を寄せ、PCに向き直ってしまった。


何か、ムカつく。


イライラしたまま仕事を終え、体を引きずるように帰って来た。夕食の買い物を忘れたけど、何かある物で済ませよう。朝作ったお味噌汁を温め直し、お兄ちゃんが持って来たカレイの一夜干しを焼く準備をしていると、

ガチャガチャと玄関の鍵を開ける音がキッチンにまで聞こえて来たから、一旦手を止めて様子を見に行った。ドアを開く音と同時に、ガン!とチェーンの音。

「小春、一体何の真似だ?」
地を這うような低音ボイスと、ムッとした顔。数時間前まで、会社で見ていた顔。
「夜に女1人でいるんだから、用心は必要でしょ。知らない人が来たらヤダし」
「知らない人間じゃないだろ、鍵持ってるんだし。早く開けろ」
「そんなの分かんないじゃない。こっそり合鍵作ってるストーカーかも知れないし」
「何バカなこと言ってるんだ。小春、いい加減にしなさい」
小声で喋る水無瀬彰の後ろを、同じ階の住人が、チラ見しながら通った。このまま口論していると通報されそう。わたしは渋々ドアチェーンをはずした。

「で、どうしてこんなことしたんだ?」
「壁ドン王子にムカついただけ」
「壁ドン王子?何だ、それ」
ネクタイを緩めながら、水無瀬課長はわたしを見下ろした。
「浅井さんたちが言ってた。水無瀬課長は怒った顔も笑った顔も甘くて、身も心も蕩けるって」
「はぁ?」
「顔もイイし、もうどうにでもしてって思うんだって」
リビングのテーブルの前に腰を下ろした課長に倣って、わたしも座った。
「・・・。あいつら、人が真剣に言ってるのに、そんなこと考えてたのか」
心底呆れてるみたい。
「わたし、されたこと、ない」
「はぁ?」
口を尖らせたわたしを見て、課長は瞬きをした。
「何年たってもまともに仕事できないヤツらがいいのか?」
「うっ・・・。下月さんもされたって」
「学生気分が抜けなくて、企画書に顔文字書くヤツと同じ扱いをされたいのか?」
「くぅっ・・・」
それは・・・、下月さんに問題がある。

「小春はまだ慣れない部署で、よく頑張ってる。そんなこと気にするな」
「でも、でも、壁ドンって胸キュンなシチュエーションじゃない。何で誰にでもやっちゃうのよ」
「そういうつもりはない」
「ないのにやっちゃうんだ!あざとい〜!タラシだ、天然のタラシだ!」
「な、バカなこと、おっ・・・と」
立ち上がろうとしたわたしの腕を、課長が掴んだから、バランスを崩して、見事にすっ転んでしまった。

「いたた・・・」
頭と背中を打っ悶えているわたしに、課長は覆いかぶさってきた。
「壁ドンじゃなくて、床ドンなら毎日してるのにな」
わたしの顔を撫で、抱きしめると、ゆっくりと唇を重ねられた。
「ん・・・」
なんだかんだと拗ねてるわたしを、宥めようとしてるんだな。
「好きだよ、小春」
「彰・・・」
わたしも、彼をギュッと抱きしめた。

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