こんなのズルイ。
 そう言ってまた拳を壁に叩きつけた。彼の言葉に私はハッと息を呑む。コウタは高校生のとき、練習試合で受けたスライディングが原因で右膝の靱帯を切断し、それが原因でプロサッカー選手になる夢を諦めている。だが、そのスライディングをしかけてきたのは、紅白戦で敵チームにいたタツキだったのだ。

「くそっ」

 コウタがまた壁を殴った。拳からうっすらと血がにじんでいる。

「やめてよっ」

 私はコウタの右腕に飛びついた。彼が鋭い目つきで私を見る。

「アオイはどうするんだよ。私も好きだったってタツキに言うのか?」

 彼が声を荒げている。コウタがこんなにも感情を露わにしたのは、靱帯の手術前以来だ。あのときも彼は自暴自棄になっていて、何をしでかすかわからないくらいだった。

(止めなくちゃ!)

 私は無我夢中で彼に抱きついた。予期せぬ行動に驚いたのか、コウタがよろけて彼の背中が壁にトンと当たった。

「お願い、これ以上自分を傷つけないで」

 必死の表情で見上げると、コウタに視線を反らされた。だが彼はすぐに、いつものようにすべてを受け入れて耐えているかのような、影のある表情に戻る。
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