【短編】くすんだリング。


*─*─*


「……はい。お電話変わりました、篠田です。生憎、課長の福島は不在でございます。私で宜しければ……」


課長のいないオフィス。電話やメールの応対で自分の仕事は捗らない。私宛の未読のメールは一向に減らず、私は通話を着ると溜め息をついた。

私は入社以来、この課に配属されて、福島課長の補佐に付いた。右も左も分からない私に課長は優しく接してくれた。卒業したての、つい、少し前まで学生だった私に、福島課長は大人に見えた。頼れる、素敵な男性だ、って。


30代前半で課長職。
長身でスマートな佇まい。

独身だったら憧れない女性はいないと思う。課内外を問わず、女の子が集まれば、“課長の奥さんってどんな人?”とか“別れたら速攻狙う!”と下賤な噂話が飛ぶのだから。


「楓ちゃーん、課長あて、内線2番!」
「はい」


私は手元の電話機の2番を押し、通話に出た。


「はいお電話変わりました、篠……」


私が出た直後、聞こえてきたのはプツンという音とツーツー音。忙しいのに。もう一度、電話のランプが点滅した。


「はい、営業2課篠田で……」


プツン。また切れてしまった。




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