サクラと密月
女性の演奏家だった。
すらっとした女性なのに、演奏はすごく熱かった。
ジャズの演奏って熱い時と暖かい時の差が大きい。
素敵だなと思って見ていると、彼女の演奏が終わった。
そしてハルの番だ。
今日は一人だ。
二人が出逢った日にハルが練習していた曲。
あの日よりもっと引き込んできた。
ハルやっぱりすごい。
私は我を忘れて聴き入ってしまった。
いつの間にか演奏が終わって、店の中が明るくなっていた。
そして隣から声がした。
「なにぼっとしてるんだよ、よだれたれてるよ。」
声の方を向くと、ニヤニヤしながら私を見ているハルがいた。
しまった、と思って口の周りを袖で拭く。
それを見てハルが笑う。
「涎たらしそうな顔してた。」
そう言って私の顔を見て笑った。
くそー、やられた。
「ごめん、笑って。」
そう言っては笑う。
「元気だった?」
なんか素直に答えられない。
「そっちは。」
もうハルの顔なんて見ない。
私はハルに背を向けた。
「ごめん、悪かった。元気だよ。」
少し反省してるかな、ハルの方に顔を向ける。
すると、また笑い出した。
ダメだ、ツボにはまったってやつだ。
ここまで笑われると、怒る気も失せた。
なんだか一緒につられて笑う。
「ちょっと、何で笑うの、仕方ないな。」
「ごめん、だって本当に涎たらしそうだった。」
また笑いそうになるから、今度は睨みつける。
今度は何とか持ち堪えた。
「悪かった。本当ごめん、だっていつも本当に嬉しそうに聴いているからさ。」
そうなんだ、自分では良く解らない。
「そうなんだ、気が付かなかった、気をつけよかな。」
そう言って恥ずかしさを誤魔化す為に飲み物を口にする。
すると以外な反応が返ってきた。
「なんで、そんな顔で見てくれると嬉しいよ。俺の演奏が良いんだって思える。」
今度は私がハルの顔を見る番だ。
ハルは私が彼を見るのと同時に、明後日の方角を見つめた。
そして飲み物を注文する。