サクラと密月


係長は明るい声を出した。


誰もいないオフィスは、静まり返りキーボードを叩く音が聞こえた。


窓の外には青い夜が広がっている。


係長の席は机を一つ隔てた向こう側。


空いた席には、派遣社員の女性が座っていた。



「そう、俺は平気かなあ。」


私は早く帰りたくて仕事を続けた。


今日もハルはバイト。


その後夜遅くまで練習だ。



彼がいないのに、一人で部屋にいるなんて耐えられない。


仕事して賃金頂いた方が、よっぽどいい。


それだけだ。



すると、係長が突然こう言い出した。


「俺、君だから皆に誤解されても平気なんだけど。」


仕事を続ける手を止め、係長の顔を見た。


そこには真剣に私を見つめる彼がいた。


私は言葉を失った。


真剣な係長の顔。


そこへ、別の課の係長がやってきた。


私は席を立って、部屋を後にした。


どうしよう。


逃げてきてしまった。


本当は、ハッキリ言ってしまいたかった。



でも、ハルは。



ハルはすっと私の中入って来て、当たり前のように私の中に住み着いた。



ハルにとって私はなんだろう。


何時も音楽に囲まれている彼の中で、私はどんな存在なのかな。



彼が好き。



今の彼が好き。


彼には、今のままの彼でいて欲しい。



そんなこと、多分私が嫌なのだ。



ハルを思うと、残業を二人きりでするということも嫌だ。



本当は一秒だってハルと離れていたくない。



それだけ。



私多分、音楽に嫉妬してる。


音楽が好きな彼を好きになったのに、勝手な自分。



そんな気持ちから自信のなさと、自分の気持ちのあやふやな所が、ハルに答えを


聞くのを躊躇わせる。




暖かい光に溢れた公園で、私は前を歩くハルの横に並んで歩く。


どこに行くとハルが尋ねる。


うん、どうしようねと私。


彼の笑顔を独り占めできる、この場所が好き。



このままハルの隣をずっと歩いていたい。



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