焼けぼっくいに火をつけて
予想通り、先生は15分で戻って来た。
「待たせて悪かったな」
先生しか乗っていないクルマ。今度は助手席に乗り込んだ。
「いえ、大丈夫です。あの、どうして?」
「んー、あいつらは市内だから近いし4人一緒だけど、北山んちは遠いだろ?電車でも1時間はかかるんじゃないか?電車とはいえ、こんな時間に1人で帰らせるのはどうかと思って、家の近くまで送るつもりだったんだよ」
「だったら・・・」
「始めから送ってくれたら、と思った?」
先生の言葉に頷いた。
「いろいろオトナの事情があるから」
「オトナの事情、ですか?」
「男の教師は、女子生徒と2人きりになったらいけない決まりがあるんだよ」
「そ、そうなんですか」
先生たちのルールってめんどくさいんだな。
「女の先生は、もっと条件が厳しいぞ。
男子1人はもちろんのこと、2人以上だと、もっと危ないからな」
「はぁ。あ、でも、若い女の先生って、曽木先生と藤岡先生しかいないじゃないですか」
「年齢だけの問題じゃないけどな」
ハンドルを握ったまま、先生は苦笑いをしている。ここでこの話は終わりということなのか、先生はそれから何も言わなくなった。わたしからも話しかけられなくて、シートに体を沈めた。
「北山、何か言いたいことがあるんじゃないのか?」
10分くらいの沈黙の後、信号待ちしてる時に、不意に声をかけられた。
「言いたいこと、ですか?」
「あぁ。最近思いつめた顔して、俺のこと見てるだろ」
「えっ!」
先生のことを見ていた・・・自覚はある。あの先生の涙を見てから、ずっと気になって、先生の姿を目で追っていた。
コッソリのつもりだったけど、しっかりバレてたのか。
「え・・・と、ですね」
「言いたいことがあるなら、遠慮なく言っていいぞ」
先生がそう言うから、はぐらかされるかも知れないけど、思い切って聞いた。
「先生、再試験の日に泣いてましたよね?」
「は?」
「何か、あったのかな、って」
「泣いてた?俺が?ゴメン、全然記憶にない」
とぼけてるのかと思ったけど、どうやら本当に覚えてないらしい。
「数学の再試験の時ですよ。先生は外を見ながら涙を流してた」
「もしかしたら、あれか」
しばらく本気で考え込んでた先生が、ようやく口を開いた。
「あの頃、コンタクトレンズの調子が悪くてな。自分の意思とは関係なしに涙が出てたんだよ。北山が見たのは、それじゃないか?」
「コンタクトレンズー!?」
何だ、それ。あの切なそうな涙は、わたしの勘違いっていうの?
「信じらんない」
「そんなこと言われてもなぁ」
あの、先生のせつなフェイスに胸キュンしていたのに。
「何か、がっかり」
「何だ、それ」
クククと先生が笑う。面白そうに笑うから、わたしもつられて笑った。
「しかし、あんなに切なそうな顔するからてっきり・・・」
「?」
言葉を切った先生の顔を見たけど、続きを話すつもりはないみたいだ。
仕方ないから、静かになったクルマの中をキョロキョロ観察すると。先生の足元のサイドポケットに入っている冊子が目に入った。
「先生、それって『日本の城マップ』ですよね?わたしも持ってます!」
「ん、あぁ、そうか」
「先生、お城が好きなんですか?今までどこに行きました?好きなお城は?」
突然喜々と喋り出したわたしに、先生は目を丸くした後、苦笑した。
「学生の頃は金がなかったし、今は仕事で時間が取れないから、そんなに行ってないんだ。やっぱり国宝は制覇したいな。けど、地方の小さい城にも興味がある」
「ですよねー。小さい地域のお城にも、歴史がありますもんね」
「じゃあ、今度城巡りでもするか?」
「はい!あ、え・・・?」
はしゃいでた勢いで返事してしまったけど、先生は何と仰ったんだ?
いつの間にかクルマは路肩に停められていて、ハンドルから手を離した先生が、わたしに向かって、身を乗り出してた。
「一緒に行こう」
「一緒に・・・?」
先生の手が、わたしの顔を捕らえる。
「そう、2人で」
「ふた、り・・・ん!」
聞き終わらないうちに、先生の唇が、わたしの唇に重なり、頭の中が真っ白になった。
先生とキスしてる!?
何で、何で、何で???
パニックで、先生のキスに応えることも、抵抗することもできない。
ようやく唇を離されたかと思ったら、そのまま先生の胸に抱きしめられた。
「愛理・・・」
耳に届く、囁くような声。堪らず先生の胸に顔を押し付け、ギュッとジャケットの袖を握りしめた。
「先生、好きです」
「・・・知ってる」
自然に出た言葉に答えてくれた先生は、わたしを抱きしめる力を強めた。
しばらくそうした後、もう1度唇が重なった。啄ばむようなキスに、今度はわたしも応える。
「ふ、ん・・・」
口角をペロッと舐められ、身体を竦める。一瞬緩んだ唇を割って、熱を持った先生の舌が侵入して来た。無遠慮に動き回る舌に翻弄される。
どうしてこんなことなってるの?マンガとかだと、もっとゆっくり、だんだんと距離が縮まって行くんじゃないの?こんな早い、段階を踏まない展開ってアリなの?
頭の隅に残っていた冷静な自分は、口の中の熱と、胸を揉み始めた手にかき消された。
その後、どうやって家に帰ったのか、全く記憶にない。
次の日、ケータイのアラームをセットし忘れたわたしは、思いっきり寝過ごしてお母さんに起こされたんだった。
「待たせて悪かったな」
先生しか乗っていないクルマ。今度は助手席に乗り込んだ。
「いえ、大丈夫です。あの、どうして?」
「んー、あいつらは市内だから近いし4人一緒だけど、北山んちは遠いだろ?電車でも1時間はかかるんじゃないか?電車とはいえ、こんな時間に1人で帰らせるのはどうかと思って、家の近くまで送るつもりだったんだよ」
「だったら・・・」
「始めから送ってくれたら、と思った?」
先生の言葉に頷いた。
「いろいろオトナの事情があるから」
「オトナの事情、ですか?」
「男の教師は、女子生徒と2人きりになったらいけない決まりがあるんだよ」
「そ、そうなんですか」
先生たちのルールってめんどくさいんだな。
「女の先生は、もっと条件が厳しいぞ。
男子1人はもちろんのこと、2人以上だと、もっと危ないからな」
「はぁ。あ、でも、若い女の先生って、曽木先生と藤岡先生しかいないじゃないですか」
「年齢だけの問題じゃないけどな」
ハンドルを握ったまま、先生は苦笑いをしている。ここでこの話は終わりということなのか、先生はそれから何も言わなくなった。わたしからも話しかけられなくて、シートに体を沈めた。
「北山、何か言いたいことがあるんじゃないのか?」
10分くらいの沈黙の後、信号待ちしてる時に、不意に声をかけられた。
「言いたいこと、ですか?」
「あぁ。最近思いつめた顔して、俺のこと見てるだろ」
「えっ!」
先生のことを見ていた・・・自覚はある。あの先生の涙を見てから、ずっと気になって、先生の姿を目で追っていた。
コッソリのつもりだったけど、しっかりバレてたのか。
「え・・・と、ですね」
「言いたいことがあるなら、遠慮なく言っていいぞ」
先生がそう言うから、はぐらかされるかも知れないけど、思い切って聞いた。
「先生、再試験の日に泣いてましたよね?」
「は?」
「何か、あったのかな、って」
「泣いてた?俺が?ゴメン、全然記憶にない」
とぼけてるのかと思ったけど、どうやら本当に覚えてないらしい。
「数学の再試験の時ですよ。先生は外を見ながら涙を流してた」
「もしかしたら、あれか」
しばらく本気で考え込んでた先生が、ようやく口を開いた。
「あの頃、コンタクトレンズの調子が悪くてな。自分の意思とは関係なしに涙が出てたんだよ。北山が見たのは、それじゃないか?」
「コンタクトレンズー!?」
何だ、それ。あの切なそうな涙は、わたしの勘違いっていうの?
「信じらんない」
「そんなこと言われてもなぁ」
あの、先生のせつなフェイスに胸キュンしていたのに。
「何か、がっかり」
「何だ、それ」
クククと先生が笑う。面白そうに笑うから、わたしもつられて笑った。
「しかし、あんなに切なそうな顔するからてっきり・・・」
「?」
言葉を切った先生の顔を見たけど、続きを話すつもりはないみたいだ。
仕方ないから、静かになったクルマの中をキョロキョロ観察すると。先生の足元のサイドポケットに入っている冊子が目に入った。
「先生、それって『日本の城マップ』ですよね?わたしも持ってます!」
「ん、あぁ、そうか」
「先生、お城が好きなんですか?今までどこに行きました?好きなお城は?」
突然喜々と喋り出したわたしに、先生は目を丸くした後、苦笑した。
「学生の頃は金がなかったし、今は仕事で時間が取れないから、そんなに行ってないんだ。やっぱり国宝は制覇したいな。けど、地方の小さい城にも興味がある」
「ですよねー。小さい地域のお城にも、歴史がありますもんね」
「じゃあ、今度城巡りでもするか?」
「はい!あ、え・・・?」
はしゃいでた勢いで返事してしまったけど、先生は何と仰ったんだ?
いつの間にかクルマは路肩に停められていて、ハンドルから手を離した先生が、わたしに向かって、身を乗り出してた。
「一緒に行こう」
「一緒に・・・?」
先生の手が、わたしの顔を捕らえる。
「そう、2人で」
「ふた、り・・・ん!」
聞き終わらないうちに、先生の唇が、わたしの唇に重なり、頭の中が真っ白になった。
先生とキスしてる!?
何で、何で、何で???
パニックで、先生のキスに応えることも、抵抗することもできない。
ようやく唇を離されたかと思ったら、そのまま先生の胸に抱きしめられた。
「愛理・・・」
耳に届く、囁くような声。堪らず先生の胸に顔を押し付け、ギュッとジャケットの袖を握りしめた。
「先生、好きです」
「・・・知ってる」
自然に出た言葉に答えてくれた先生は、わたしを抱きしめる力を強めた。
しばらくそうした後、もう1度唇が重なった。啄ばむようなキスに、今度はわたしも応える。
「ふ、ん・・・」
口角をペロッと舐められ、身体を竦める。一瞬緩んだ唇を割って、熱を持った先生の舌が侵入して来た。無遠慮に動き回る舌に翻弄される。
どうしてこんなことなってるの?マンガとかだと、もっとゆっくり、だんだんと距離が縮まって行くんじゃないの?こんな早い、段階を踏まない展開ってアリなの?
頭の隅に残っていた冷静な自分は、口の中の熱と、胸を揉み始めた手にかき消された。
その後、どうやって家に帰ったのか、全く記憶にない。
次の日、ケータイのアラームをセットし忘れたわたしは、思いっきり寝過ごしてお母さんに起こされたんだった。