焼けぼっくいに火をつけて
4月。

クラス替えで今年も麻巳子と同じクラスになったけど、宝飾デザインの専門学校を志望してる紗絵ちゃんとは離れてしまった。

担任は奥村先生。3年になる時はクラス替えがないから、これから2年間、先生と一緒だ。

初めて担任になる先生は、去年よりもずっと忙しそう。それでも前よりはメールや電話のやりとりが増えてた。

だからわたしは、自分が“先生の特別”なんだと、

何をしても受け入れてくれるんだと、

思い込んで、勘違いした、痛いオンナになっていた。


『部活終わったー!今から帰ります(^O^)/』

『今日の数学の宿題難し〜よ〜(>_<)
せんせー、教えて(>人<;)』

何回かに1回しか返信はない。それも『早く寝ろよ』とか、『自分で考えなきゃ意味がないだろ』くらい。

素っ気ないけど、他愛のないやりとりが楽しかった。

ある日の放課後、先生の声が聞きたくなって電話をかけた。なかなか繋がらない電話。ようやく繋がった電話から聞こえたのは、不機嫌そうな声。

「せんせー、まだ学校?」
「はい、職員会議が終わったところでして。どういったご用件でしょうか」
「えっと、先生の声が聞きたくなって・・・」
「今は手が離せないので、こちらから改めて連絡差し上げます」
「あ、と・・・、はい」

電話はまずかったか。授業中にも聞いたことがない不機嫌な声に、電話を切るしかなかった。
その日の夜にかかって来た電話でも、先生は不機嫌そうだった。

「あの時間帯は、まだ学校にいるから。電話はやめてくれ」
「ごめんなさい。あの、先生の声が聞きたくて」
「はぁ。電話はこっちからするから、メールにしてくれないか」
「はい、分かりました」

シュンとなったのが伝わったのか、宥めるような口調になった先生と少し話して、電話を終えた。けど、どうして先生の機嫌が悪かったのか、わたしはあまり深く考えていなかった。

翌日、先生に謝りたくて、練習前のランニングを終えたわたしは、音楽室に行く途中、数学準備室に向かった。

「先生!」

数学準備室に入ると、奥村先生と、隣のクラスの女の子が2人いた。他の先生は不在みたいだ。

「先生、あのね・・・」
「北山」

振り返った2人の視線を気にしないで近づいたわたしに、先生は厳しい目を向けた。

「先に2人の質問に答えてるんだ。後が来たんだから、お前はその次だ」
「・・・はい」

1歩さがったわたしの目に、勝ち誇ったように笑った2人の顔か入った。

そんな顔したって、先生のカノジョはわたしなんだから。

出て行く2人と、バチバチ視線を合わせた。

「で、何の用だ?」

閉まったドアを睨んでいると、後ろから先生の声がかかる。

「昨日は、ごめんなさい」

謝ると先生はフッと笑った。

「電話したい時は、まずメールしろ。こっちからかけるから」
「うん」

良かった、機嫌は治ってるみたいだ。

「練習に遅れるぞ。早く行け」
「うん。じゃあ、またね先生」

手を振ったら振り返してくれる。そんなことが嬉しい。

先生と話したい時、メールで伝えたら約束通り電話をくれた。ほとんど、わたしが1人で喋ってたけど、先生を独占できる、しあわせな時間。
学校での先生とは違う、プライベートの先生を知ってる優越感。
浮かれていた。周りを気にかけなくなるくらい、わたしは浮かれていた。

5月の連休後。2年生になって初めての面談。面談場所の数学準備室で、先生と向かい合っている。
久しぶりに2人きりだけど、甘い雰囲気なんか全くない。部屋に入った時に少し微笑んでくれたけど、わたしが椅子に座ると同時に厳しい顔をした。

目の前に置かれた、テストの成績表。教科別の点数と、各担当の先生のコメント。

数学以外の教科は、軒並み成績が下がっている。得意なはずの英語でさえ、合格点ギリギリ。

「・・・どの先生も揃って『集中力が欠けている』と言ってる。キチンと問題を読んでいたら、防げた間違いばかりだ」
「はい・・・」

『・・・当てはまる言葉を選んで、( )に番号を入れなさい。』

番号を書かなければいけないのに、わたしは全部言葉を書き込んでいた。
答えはあっているにも関わらず、不正解になってしまっていた。それは1つや2つじゃない。

コンコンコン

苛立たしげに机を叩く先生の指の音だけが響く。

「こんなこと」

ようやく沈黙を破った先生の声に顔を上げる。先生の表情は変わらず厳しい。目が合うと、気まずそうに口元を歪めた。

「お前に手を出しといて、こんなことを言うのはおかしいと思うけど」

ケジメをつけよう。

これから・・・、今この時点から、ただの教師と生徒だから、と。

線引きされた。

わたしは項垂れて、先生の言葉を聞くしかなかった。
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