碧い人魚の海
 しばらく考えていた彼女は、諦めたように一つため息をついて彼に向き直った。

「だって……あのころは、求婚者たちが引きも切らず次々と押し寄せてきていて、大抵の男性はわたくしには顔があるやらないやらで……あの日その方のお誘いをお受けしたのもその方への関心というよりは、見世物小屋などという庶民の通う場所にお誘いくださったのが珍しくて……相手の男性については本当にどうでもよかったのですもの。……笑わないでちょうだい、アーティ」

 ジゼルは最後にそう言って、アートをにらんできた。
 ああ、この人はこういう人だった、という感想とともに、肩の力が抜け、気づけば笑いがこみあげてきたのだった。
 夫の凄惨な死が彼女の人となりに影を落としているとはいえ、この女性は本質的には自由気ままで限りなく放縦なのだ。
 笑いながら、あなたらしい、と答えると、伸びてきた手に思いっきり背中をつねられ、アートは顔をしかめた。
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