碧い人魚の海
「わたし以外いない」
「あなたが住んでたら無人島って言わなくない?」
 その質問には少女は答えず、重ねて聞いてきた。
「塔でなかったら何に使うの?」
「聞いてどうするの?」
 ルビーはそう聞き返した。
 崖の中腹の花の咲いているところまで行くため。そういえば済むことだったが、ぶしつけな質問に答えなければいけない理由がない。
 それに、その前にはっきりさせておかなければいけない問題が一つある。
「ここはあなたの島なの? あたし、あなたの島に勝手に入ってきちゃったの?」
「モリオンよ」
 突然少女は言った。
「え?」
「わたしの名前」
 もう一度少女は微笑んだ。
「あなたの名前を教えて」
「えっ?……ルビー。ルビーよ」
 少女の紡ぐ言葉が魔力を持っているかのように、ルビーは思わず自分の名前を口にする。
「ルビー。いい名前。あなたの尻尾の色にぴったりね」
 ルビーは碧(みどり)の目を見開いて少女を見返した。変身は完璧なはずなのに、どうしてこの女の子にはルビーが人魚だってわかるんだろう。
「わたしの名前は人には言わないでね、ルビー。あなたも人間に自分の名前を教えては駄目よ。人間の中には名前を知って支配しようとするものがいるから。それより人が来るからちょっと隠れてて。あとでね」
 人が来る?
 港も船着き場も家も何もないように見えるこの島に?
 いぶかしげに聞き返そうとしたルビーの目の前で──。

 不意に少女が消えた。

 ルビーは目をしばたたかせる。まぼろし?
 きょろきょろとあたりを見回したルビーは、確かに人の近づいてくる気配を感じた。ガサガサと草をかき分けて近づいてくる複数の足音。
 黒曜石のナイフやらその他の道具やらを慌ててしまい、ルビーは岩陰に身をひそめた。
< 3 / 177 >

この作品をシェア

pagetop