壁に、おひさま
 四階の美術室から見下ろす運動場には、土曜日だというのにたくさんの生徒がいた。
 秋のやわらかな日差しを浴びて、クラブ活動に勤しむ光景は、とてもさわやかだ。
 青春って感じがするね、と言ったら、真一くんに鼻で笑われた。

「おばさんの意見だなぁって思ってんでしょ」
「いや」
「卒業して六年も経つんだから仕方ないよ」
「おばさんなんて思ってないし」

 真一くんは無愛想にそう言うと、手の中の水風船を軽く放り投げる。ぽちゃっと水音をたたせ、また手の内に収まった。
 この色水を詰めた水風船を、壁一面に貼った模造紙に投げつけて、色をつけていくつもりらしい。

「アクションペインティング?」
「色味と投げる位置で、表現できないかなって」

 なにを表現したいのかは知らないけど、水風船を壁に投げつけるのは面白そうだ。気分が晴れるだろうと考えて、はっとした。
 真一くん、私が別れたこと知ってるのかな?
 お姉さんのマキちゃんから聞いたのかも。で、落ち込んでるかもしれないからって、気分転換に誘ってくれたとか。
 きっとそうだそうだ。
 でなきゃ美術部の先輩とはいえ、一秒たりとも一緒の学校に通ったことのない、姉の友達に手伝いを頼んだりはしないだろう。

「真一くん」
「なに」
「ありがとうね」

 いやー、いい子に育ったなぁ。
 小学生のときはただの悪ガキだったのに、こんな気遣いのできる子になるなんて。
 感動でニマニマしながら、では遠慮なく発散させていただこうと用意してあった水風船を手に取ると、「ちがうちがう」と止められた。

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