壁に、おひさま
「イズミさんは、あっち」

 思いのほか大きな手が、私の方に伸びてくる。がしっと掴まれ、そのまま紙の前まで引き摺られた。
 そうして自分は元の位置、壁から五メートル程離れた場所に戻ると大きく振りかぶる。

「動かないで」

 風切り音がしたと思った次の瞬間には、パシンと破裂音が耳傍で鳴った。
 ぎょっとしてそちらを見ると、私から三十センチばかり離れた場所にオレンジ色の絵具がぶち撒けられていた。
 な、ななななに? なんで私にむかって投げてんの?

「待って待って!」

 止める間もなく、また破裂音。さっきよりも少し下の位置に山吹色の絵具が踊る。

「ちょ、ちょっ、ちょっと! 手伝いって、そっち側で一緒に投げるんじゃないの?」
「なに言ってんの。そんなことさせたら、俺の絵じゃなくなるじゃん」
「え、私ってばマト役?」
「的じゃないよ、イズミさん狙って投げるわけじゃないんだから」
「ってか、絵具が跳ねてる跳ねてるっ」
「だから汚れてもいい服で来てって言ったし」

 そんな会話の間にも真一くんの手は止まらず、水風船をポンポンと投げつけてくる。
 横に退こうとしたら、その足元を狙われ余計に動けなくなってしまった。

「ほんとに待て!」

 ほとんど叫んでいるような大声で、やっと真一くんは動きを止めた。
 セットポジションのまま、こちらを見ている。

「イズミさん」

 小首がほんの少しだけ傾ぐ。甘えてるかのように。

「そこに、いて」

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