壁に、おひさま
 …………。
 
 私は真一くんの“お願い”に、弱い。マキちゃんに「実の姉の私より甘い」と笑われるくらいだ。
 あぁ、もう! 好きにしていいよ、どうせ私なら許すだろうって舐めてかかってるんでしょ。
 溜息とともに体から力を抜いて壁に凭れかかると、さっそく絵具爆弾の投下が再開された。
 私をその場に縫い止めるように、コントロールよく私の周囲に色が重ねられていく。
 
 これだと、私がいる場所の後ろだけ色抜きされちゃうよね? 一体どんな絵を描くつもりなんだろ。

 目の端に映る飛沫は、暖色系の色が多いように思える。
 赤、橙黄、黄、朱、藤黄、金茶、支子……真一くんは真面目ぶった顔で、それらを縦横無尽に紙の上で踊らせる。
 
 もういいや、着替えは持ってるし。手伝うって言ったんだから、とことん付き合うか。

 開き直ってしまえば、どこかのんびりとした気持ちになってくる。
 彼は大変いいピッチャーで、安定した投球リズムから響く小さな破裂音は眠気すら誘ってきた。

 今日は天気いいなぁ……。窓の遠く、青い空に走る飛行機雲は白い絵具を水に溶いたように、ゆっくりと崩れてゆく。
 なんだか本当にのどかな日だ――そんな穏やかな心持ちになっていたので、次の真一くんの言葉は目覚まし時計並みの効果があった。

「ねぇ。なんで別れたの」

 ……こいつ。
 人が心安らかな気持ちになっているというのにっ。

 私は空を見やっていた目を、声の主に戻した。
 彼は新しい水風船を投げることなく、手の中で弄んでいる。
 私の答えを待っているように見えるけど、瞼を少し下げてこちらを見つめる様子は取り澄ましてるように見える。
 いつの間に、こんなポーカーフェイスが出来るようになったんだろうか。

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