壁に、おひさま
 答えずにいると、しばらくして投球が再開された。

「振ったの?」
「振られたの」
「なんで」
「振られることに理由なんてない、振った方にはあるだろうけど」

 そう答えると彼は「それはそうだね」と口の中で呟いた。
 立たされたまま、こんな話をするのは罰ゲームみたいだ。ついつい唇を突き出してムスッとしてしまうのもしょうがない。
 それに気づいたのか、真一くんは言い訳じみた言葉を続ける。

「イズミさんを振るなんて、見る目がないよ」
「さあ、どうかな」
「何回か見掛けたけど、嫌味そうなヤツだったし」
「あのね、真一くん」

 私は体勢を直してまっすぐに立つと、彼と目線を合わせた。

「よく知りもしない人のことを悪く言うのは、よくないよ」
「……」
「それに真一くんが悪口を言えば、私はそんな嫌な奴と付き合ってたってことになるんだよ」

 真一くんは、私を慰めるつもりで言ってるのは分かってる。だから明るい口調で諭す努力をした。
 けど、ちょっと失敗したかもしれない。彼は目を逸らし、唇をキュッと噛んだ。

「真一くん」

 私が呼びかけるのと、彼がこちらに向かって走り出したのとはほぼ同時だった。
 間はほんの数メートルしか離れてない。すぐに私の元に辿りつくとスピードを殺すことが出来ず、そのままの勢いで壁にドンッと手をついた。

「きゃっ」

 大きな叩音に思わず悲鳴をあげてしまい、慌てて口を押さえる。

 真一くんが私に危害を加えるわけないんだから、怖がることはない……たぶん。

 彼の表情を窺おうと顎をクイッとあげて上を向く。間近だと顎をあげないと視線が合わないほど身長差があることに、やっと気づいた。

 真一くんは、大きくなっている。私が思っていた以上に。

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