めぐりあい(仮)





『やめてくださいよ、今井さん』





『いーや、いつもの蓮哉じゃねーな。女だろ?』





始めは蓮哉の独り言かと思ったけど、


どうやら電話の向こうで、


今井さんとやらと話しているみたいで。


冷やかされているのか、


蓮哉は戸惑っている様子。


あたしは新鮮な蓮哉に、


少し面白いなと笑っていると。





『白状しろよ』





今井さんの問いかけに。





『まあ、大事な女です』





蓮哉はそう答えた。


…。


……。


…………ばか。


あたし、何顔赤くしてんの。


上司の人だから、


適当にかっこつけたんだよ。


きっと、そうだよ。





『つーわけで、また連絡する』





「あ、はい」





案外あっさり切られた電話。


だけど、あたしはガッツポーズ。


自然と出たガッツポーズを鏡越しに


見つめ、1人部屋で咳払い。


ばかみたい、あたし。


なんて思いながら、


しばらく蓮哉の言葉が、


耳から離れなかった。


それから2日経ち、


朝からゴロゴロしているあたしに


電話をかけてきたのは、


蓮哉ではなく、悠太郎だった。





「もしもし?」





『妃名子、何してる?』





「部屋でゴロゴロしてるよ」





『じゃあ、15時くらいに家来れる?』





久々にやすみ取れたんだ、と


言う彼の言葉に、


体を起こす。


久しぶりに悠太郎に会える。


そう思っただけで、


だらけていた体がしゃきっとする。






「ん、行く」





『よかった。じゃ、待ってるね』





電話を切り、服を着替える。


約束の時間まで少しあるため、


クッキーを焼くことに。


悠太郎、あたしが作るクッキー、


好きだって言ってたしな。


美味しいって、言ってくれるといいな。


そんなことを考えながら、


生地をこね、型を取った。


ハートや星。


動物の形なんかも


やってみたり。


焼き上がったクッキーを、


包んで、鞄に入れる。


少し早めに出て、会いに行こう。


悠太郎の家に向かう足は、


もう浮いちゃうんじゃないかって


くらい軽かった。






「ちょっと早すぎたかな」





時間を確認してみれば、


まだお昼の2半前。


どうしようか迷ったけど、


別に遅いよりいいかと


悠太郎のマンションに近付く。


エントランス付近。


この角を曲がれば、


もうすぐ着く。


そんな場所で。





「まだパパといたいーっ」





そんな可愛い声が聞こえて来た。


どこの子どもが言ってるんだろう。


まだそんな軽い気持ちだった。


角を曲がってすぐ気付いた。


その子どもが、


悠太郎の子どもだってこと。






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