めぐりあい(仮)






もうどこを歩いているかも


分からない。


どこに行きたいかも


分からない。


もう何もかもが、


どうでもよくなって。





「妃名」





名を呼ばれていることすら、


気付かなかった。





「待てって」





腕を引かれ、歩みを


止められるまで分からなかった。


あたしは今、悠太郎の。






「蓮、哉…」





蓮哉の会社の近くにいて、


蓮哉にずっと名前を呼ばれて


いただなんて。






「お前…」





あたしの泣き顔を見て、


言葉をなくしたのか。


蓮哉は、大きな手であたしの


頬を包み、涙を拭ってくれる。






「蓮…、会社の前だよ」




「気にすんな」




「また今井さんに何か言われるよ」




「覚えてたのか」





ばかだな。


なんて言う蓮哉は、


やっぱり優しくて。






「泣くな、妃名」





蓮哉はそう言って、


もう1度涙を拭うと。


あたしの腕を掴んで、


何も言わずに会社の中に


入って行こうとする。






「蓮哉…どこ行くのっ」





「いいから」





あたしたちが初めて会った階段を、


止まることなく進んで行く。


会社の入口を通り、


受付も通り過ぎ、


足を止めたのは会社の中にある、


小さなカフェ。






「30分」




「…え?」




「30分で終わるから、ここにいろ」





あたしの答えを聞かずに、


蓮哉はどこかに行ってしまった。


1人取り残されたあたしは、


落ち着きを取り戻し。


同時に、自分が置かれている


状況に気付いた。


ここって、社員さんたちが使う、


カフェなんじゃ…。


てことは、あたし邪魔じゃない。


でもどこに行けばいいのかも


分からないし。


どうしたらいいかも分かんなくて。


分かってることは、


30分後に蓮哉が来ることだけ。


とはいえ、ここに1人で


いるのは気が引ける。


そう思っていた時。






「妃名子ちゃん」





「あ、千秋さん」





背後から名前を呼ばれ、


振り返るとそこには、


千秋さんがいた。





「蓮哉に無理矢理連れて来られたの?」





「…そんな感じです」





そっか。と言いながら、


あたしの向かいに座る千秋さん。






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