風が、吹いた

「とりあえず、座って、お茶を飲んで。」




立ち尽くす私に、佐伯さんが椅子を牽いて座るように促した。



ゆっくりと、勧められるままに座ると、佐伯さんの手が、カップを取って、私の前に差し出す。




受け取って、軽く冷ましながら、飲むと、じんわりと身体の中が、温まる気がする。




「…あったかい」




私の反応に満足したように、佐伯さんは向いにある椅子に腰を下ろした。



私もカップを、手で包むように持ったまま、机に置く。



コト、と軽い音がした。



それが合図だったかのように、佐伯さんが口を開いた。





「孝一くん、卒業式、出なかったんだ?」




佐伯さんは、いつも通りの落ち着いた声で、感情の起伏も感じられない。



私はというと、起きた事実を受け止めることを全身で拒否しようとしている。




「はい。。何か、用事があったのかなって…」




今なお、口から出てくる言葉は、淡い希望に傾いている。



そんな私を、辛い面持ちで見つめた後で、佐伯さんは部屋全体を見回す。




「この家、何もかも、揃いすぎてるでしょ?」




何の脈絡もない質問のように思えて、なんと答えれば良いのかわからなかった。

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