ロジーリリー「パンドラの乙女」
「おぉシエラ、良く似合っているじゃないか」
「えぇ本当に。似合っていますよシエラ」
「ありがとうございます、父上、母上」
広間にて行われているのは、王族の者のみで開かれている宴だ。ヴィンセントは王族でないため室内に入る事は許されず、大きな扉の向こうで部屋の外を警備している。
シエラは両親に挨拶をすると、誉められたのが嬉しく頬を染めた。
「あら、シエラ。あのお転婆がようやくレディになったのね」
「お姉様ったら。私は何時も大人しくってよ?」
「ドレスを破かなくなってから言いなさいな」
すると、シエラの姉であるルシエルがシエラを呼び止めからかう。
家族で集まって談笑する姿は仲つつまじいものであり、その場の雰囲気が和らいだ。
「そうだ、父上」
「なんだ?シエラ」
シエラは父を呼ぶと、先程ふと疑問に思った事を尋ねた。
「何故今日は乙女百合尽くしなのですか?周りを見る限り私だけのようですし」
辺りを見渡して自分の髪に飾られている百合を指差す。
「…それは目印だ」
「目印、ですか。何のです?」
「0時になれば分かりますよ」
母が続きを答える。
シエラは何の目印なのか気にはなったが、0時になれば分かると言われたため、今考える事は放棄した。
その後、シエラはルシエルや両親と会話をし、楽しい一時を過ごした。
***
食事も大方食べ尽くして皆が落ち着いてきた頃、父がシエラを呼んだ。
「シエラ、おいで」
「父上どうかしましたか?」
「なぁに、ちょっとした昔話さ」
呼ばれたシエラは側に寄ると、話に耳を傾けた。
「シエラよ、パンドラは知っているか?」
「いいえ、知りません」
「……よいか、パンドラとは神によって作られた、人類で初めての女だ。このパンドラは神に大層愛された美しい乙女でな。だが人である限り、パンドラの肉体は滅びる。そこで神は考えた。パンドラの魂を不滅のものとし、延々と生まれ変わらせようと」
「……へぇ」
パンドラの話をシエラは流しながら聞き、それよりも目の前にある瑞々しい苺を頬張る。
「そしてこの世には、パンドラの魂を持つ美しい乙女が生まれるようになったのだよ」
「そうですか、見分け方等はないのですか?この乙女がパンドラの魂を持っていると見分ける方法が」
テラテラと輝く苺を口に含み、シエラは父を見る。
「そうだな。神々にとって、パンドラは大層甘い香りがするらしい」
「……私たちは神ではないので分かりませんよ」
「おお、そうだな。だが書物によると、まるで乙女百合の様な香りだそうだ」
「……乙女百合?」
乙女百合という言葉に、シエラは目を丸くする。今まさに、自分はその乙女百合に身を包んでいるではないか。しかしあくまでも偶然だと考え、話の続きを待つ。
頬張っていた苺は、もう食べる気がわかなかった。
「そのパンドラの魂を持つ乙女だが、パンドラの乙女と呼ばれるのだ」
「パンドラの乙女……」
「パンドラの乙女が生まれると、言い伝えでは神の贄にしなければいけないそうだ」
物騒な話になり、シエラは不意に体温が下がっていくことが感じられた。
「そうですか…贄だなんて物騒な話ですね。ところでパンドラは美しいと仰いましたけど、どれ程なんです?」
これ以上気持ちの悪くなる話の前に、シエラは話題を変えた。
「パンドラはどうやら宝石の様な緑の目と、淡いクリームの髪を持つようだ」
何だ。それは。
シエラはどっと汗が出てくるのを感じ、脈が速くなるのが分かった。
緑の瞳?
クリームの髪?
乙女百合?
それだと、まるで、
余りの気持ち悪さに立っていられなくなったシエラは、ぺたりとその場に座り込み、荒くなってきた呼吸をととのえようとする。
座り込むシエラの後ろで、王がゆらりと立つ。
「なぁ、シエラよ」
苦しい。
息が、出来ない。
ひゅうひゅうと鳴る喉を押さえつけ、シエラは王によって体を支えられて立たされた。
無理矢理顔を捕まれると、父であるはずの男と目が合う。
その黒い目は何を考えているのか推測することもできず、不気味に輝くだけだ。
お願いだから、言わないで。
それだと、まるで、
「----シエラ、お前はパンドラの乙女だ」
まるで、
私は生け贄じゃないか。
その時に、0時を告げる鐘が鳴った。
