ロジーリリー「パンドラの乙女」

「失礼…します」

侍女は青ざめた表情のままヴィンセントの前を一礼して、シエラの部屋へと戻った。
残されたヴィンセントは無表情のまま林檎を頬張ると、その紅の実を、血のように赤い実を見つめた。

自分の世界は彼女だけだ。

シエラ以外を望みはしないし、シエラ以外は必要ない。
あの日、自分は彼女に出会って生を受けたのだ。
ヴィンセントはよく、周りやシエラ本人から犬と称される。自分がシエラの犬と言われるたびに、ヴィンセントはえもいわれぬ満足感と陶酔を、確かにその胸の内に抱くのだ。

日が落ちて星が煌めく夜空の下、薄暗い城内の廊下で林檎の咀嚼音が響いた。

***

「あー! ようやく終わったー!」

シエラはそう叫んで勢い良く椅子から立ち上がると、ごりごりと首を回した。

「シエラ様、そんなに回されては頭の飾りが外れてしまいます」

そんなシエラに、やりきったとでもいいたげな表情をした侍女が注意をする。
長いクリーム色の髪の毛は1本の太い三つ編みにされ、その編み目にはところどころに乙女百合の生花が飾られていた。

「私は別に乙女百合がそんなに好きでもないのに、どうして今日はどうも乙女百合尽くしな訳?」

シエラが尋ねると、侍女達は顔を見合わせた。

「お聞きになっていませんか? こちらは全て、陛下の命ですよ」
「父上の?」
「はい」

思いもよらない人物の名前が上がり、シエラは驚いたが次の瞬間にはまぁいっかと呟いては、ヴィンセントを呼んだ。

「ヴィンスー? 入ってらっしゃいー」

シエラが呼べば、ヴィンセントは直ぐに室内に入った。

「ふふっ。どう? 中々に良いでしょ」

シエラはくるりとその場で一回転し、ふんわりと純白のドレスが捲り上がった。

カントングリーンの瞳を細めて笑うシエラの姿を見て、ヴィンセントはぱちくりと瞬きをすると、「孫にも衣装ですね」と言った。

「もう、減らず口なんだから」

そんなシエラにヴィンセントは薄く笑うと「綺麗ですよ」と呟いた。

「素直で宜しい」

シエラはにんまりと笑い、胸を張った。

「シエラ様、美しいのは分かってますから、そろそろ広間に参りますよ」

侍女がシエラを急かし、これから式典が行われる広間に向かうようにと促す。

「それじゃあヴィンセント、エスコートをお願いして良いかしら?」
「……喜んで、プリンセス」

シエラの手を取り、そこにキスをしてヴィンセントはまた笑った。



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