フキゲン・ハートビート
冷えたリンゴジュースを携え、仕方なくベンチのほうへ向かうと、隣に腰かけてくる小さな影が視界の端に入った。
「蒼依ちゃん、きょうは飲まないの?」
季沙さんは相変わらずかわいらしい声、しゃべり方だな。
「あ……実は、しばらく断酒しようかなと思ってて」
「え! そうなんだ。なにかあったの?」
「いや……あたしこないだベロベロになって迷惑かけたので……」
少し驚いたような顔を浮かべたあと、季沙さんが声を出して笑った。
屈託のない、無邪気なその顔を間近で見ていると、洸介先輩がこの人を好きになったのがとても理解できた。
ぽっと明かりがともるみたい。
季沙さんはそういう、やわらかいあったかさを持った女性だ。
「あ! そういえばクッキーありがとうございました。すっごくおいしかったです!」
「わ、こちらこそ食べてくれてありがとう! つくりすぎちゃって、こうちゃんとふたりではとても食べきれなくて、押しつけるみたいになっちゃってごめんね」
いま、洸介先輩のことを『こうちゃん』と呼んだ。
あまりにサラッと言うものだから聞き流しそうになってしまったけど、なんだか意味もなくどきどきしてしまう。
「とんでもないです。食べるの大好きなので本当に幸せでしたよ~。あのクッキーはお金もらうべきです! プロかと思いましたもん」
「もー、そんなに褒めてもなにも出ないよ。でもありがとう。ねえ、蒼依ちゃんも料理するんだよね? タッパーで貰ったってヒロくんに聞いたよ~」
心臓がものすごい勢いで跳ねるのがわかった。
寛人くんの名前が出たこともそうだけど、ゴハンをおすそ分けした事実を季沙さんが知っているということに、なによりいちばん驚いたのだ。