フキゲン・ハートビート


うつむいて次の言葉を待っていた。

寛人くんの、お洒落なローファーが、ざりっと地面を鳴らした。



――その、瞬間。



突然ぐらりと視界が揺れて。

体が左側に引っぱられて。


かと思えば、次の瞬間、左の頬にものすごい衝撃が走ったのだった。


「……え……?」


ばしん、
という大きな音だけは聴こえた。

でもそれが自分の顔面から発せられたとは思わず。


ようやっと視界のピントが合いはじめてきたとき、少し遅れて、顔の左半分がじんじんと痺れだした。


「なに……」


ビンタって、けっこう痛いんだな。

映画やドラマでしか見たことがなかったけど、まさか自分がされる日が来るなんて、想像さえしていなかった。


そんなことをどこか冷静に考えていると、


「いつまで人の男にちょっかいかけてんのよ!」


という甲高い声が、真上から降ってきた。


ああ、リホだ、と思った。


はじめて見た。

けっこう小柄で、かわいい系の人なんだな。
あたしとは正反対な感じだ。


そんなかわいい雰囲気のリホは、それに似合わず顔を真っ赤にして、両目に涙をいっぱい溜めて、ものすごい形相であたしをにらんでいた。


「大和は私とつきあってるの! 別れることなんかないの! 大和がなにを言ったのか知らないけど、あんたなんかしょせん浮気相手でしかないんだから……っ」


うん。
知っているよ。

はじめから、わかっていたよ。

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