フキゲン・ハートビート
リホは目の周りをマスカラで真っ黒に染めながら泣いていた。
大和となにかあったのかもしれない。
それで、あのバカが、ポロッとあたしの名前を出したのかもしれない。
どこであたしの家の住所を知ったのかはわからないけど、これほどの憎しみを持ってすれば、それくらいなんとかなりそうだ。
「リホっ……!」
小さな体のうしろから、へらっとしたマイルドな声が聞こえた。
たしかにへらっとはしているけど、きょうは、ほんの少し切羽詰まっている。
大和がその小さな体の隣に並んでも、かまわず、リホは口を開く。
「大和は、バカな男なの。女好きで、フラフラしてて、テキトーで。だからアンタみたいな下半身のゆるい女に引っかかっただけなんだから……!」
言ってくれる。
下半身ゆるゆるなのはおたくのカレシのほうだっての。
「アンタなんか、しょせん、しょせん……っ」
「わかってます」
でも、こればっかりは、なんの言い訳もできないと思う。
「ごめんなさい。……本当に、許されないことをしました」
「蒼依っ」
「大和は黙ってて」
リホと別れる気なんかないくせに、いまさら庇うとか、ナンセンスなことはやめてよ。
深々と頭を下げた。
人生において、誰かに対してこれほどまでに頭を下げることは、きっと後にも先にもないと思う。
それくらい、深く、深く、頭を下げた。
「もう二度と彼に近づかないって、誓います。……ごめんなさい。すみませんでした」
ふざけんなとか、それでもリホはいろいろ言っていた。
そのたびに謝罪の言葉をくり返した。
死にたいくらい、みじめだった。
それでも、それ以外にどうしたらいいのか、バカなあたしにはわからなかったのだ。