フキゲン・ハートビート


顔を上げようとしないあたしに、やがてリホは罵声を浴びせるのをやめた。

でもそれは、あたしを許したんじゃないと思う。
ただ、諦めただけだと思う。


最後、取って付けたように、大和から謝られた。
ごめんな、って。

そういうのがいちばん、いらないんだよ。


ふたりの気配が消えても、なんだか顔を上げることができなくて。

ただ深いお辞儀をしたままでいるあたしの頭を、ぐいっと引き上げるものがあった。


「なに、謝ってんだよ」


月の光に照らされた寛人くんは、なぜか、ものすごく怒った顔をしている。


「……あは」


乾いた笑いがこぼれた。

なんだかよくわからないけど、無理して笑っているとかそういうんじゃなく、本当に笑いが止まらなかった。


体の芯がものすごく震えていて、その動力が行き場に困って、仕方なく笑いに変わってしまうような感じだ。


「なんかもう、寛人くんにはみっともないとこばっかり見られて恥ずかしいなー」

「蒼依」

「ねえ、生まれてはじめてビンタされちゃったよ。スッゴイ音したよねえ、けっこう痛い……」


「――ヘラヘラ笑ってんじゃねーよ」


ぴしゃりと、今度はその言葉に頬を殴られた気がした。


「おまえが謝ることなんか、ひとつもなかっただろ。あいつのことちゃんと好きだったんだろ。裏切られたのは、おまえのほうなんだろ。傷つけられたのは、おまえだったんだろ」


どうして寛人くんが怒るんだろう。

なんかヤバかったねって、笑ってくれたほうがコッチも気楽でいいのに。


「頭、おかしいんじゃねーの……」


とても小さな声で、ひとりごとのように、寛人くんは言った。

そこでやっと、おかしな乾いた笑いは止まってくれたのだった。

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