フキゲン・ハートビート


頭は、たぶん、本当にオカシイよ。


「……二股、かけられててさー」


もうすっかり暗くなった9月の夜に、むなしい声が響きわたる。

大通りから数本外れた場所だから、車通りもほとんどなくて、このあたりの夜はけっこう静かなのだ。


「はじめはね、ぜんぜん知らなくて。フツーにつきあってるもんだと思ってて。でもそのうち、やっぱりいろいろわかってきてさー。自分が“本命”じゃないことも、そのうちに、なんとなく」


髪を耳にかけたつもりなのに、うつむいているから、悲しいほど簡単にはらはら落ちてくる。


「それでもあたしは、別れなかったんだ。いつか自分を選んでくれるって信じてたから。傲慢で、愚かな、バカ女だよ。……だから、あたしが“本命”に対してなにかを主張する権利なんか、ひとつもない」


被害者ヅラをしたいなら、二股が発覚してからすぐに別れるべきだった。


でも、あたしは、そうしなかったから。

捨てられるまで、ずっと大和にしがみついていたから。


憎まれて当然だ。

それを不条理なことだとは、決して思わない。


「しょうがないんだよね」


笑って言った。
今度は無理してつくった笑顔だった。


それを見た寛人くんは、そうか、って。

小さくつぶやき、車のドアに手をかけたのだった。


「……じゃ、帰る。元気そうだし」

「えー。なぐさめてくれないのかよ」

「元気じゃん」

「そうだけどさぁ」


そうだけどさ。

そうだけど。


「……う、……」


頬を伝うしずくに気がつくよりも先に、情けない嗚咽を聞いた。


ぶおん、とうなった車の、うしろ側のナンバープレートを眺めていた。

白い長方形がぐにゃりとゆがむ。

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