手の届く距離
幼かった自分の恋愛を思って漏れた笑みを、広瀬さんがどう捉えたかはわからない。
ばつが悪そうに広瀬さんは頭に手をやる。
「条件なんて言ったら笑えちゃうかな。仕事が忙しいから、会えないこととか連絡が取れないときは諦めてほしいんだ。今みたいな感じが僕には当たり前だから。仕方のないだろう?」
これを、最初に言われていたら、もしかしたら今回の連絡不能状態を納得してしまっていたかもしれない。
それでも、広瀬さんは目的が違ったから、順番を間違えた。
今はすんなり受け入れられない。
そんなの、条件を課さなくてもお互いのスケジュールがわかれば、ちゃんと考慮する。
彼女になるってそういうことも含めて、相手のことを思って行動することも含まれているのではないのか。
まさか、そうやって考えてくれる彼女に出会ったことがないとか。
女性の扱いに慣れ過ぎているのは、どのように言い訳してくれるだろうか。
見たくないほうへ、考えたくないほうへ思考が向かう。
ゆっくり首を横に振って、条件が飲めないことを示す。
「もう誤魔化すのはさすがに難しいんじゃないですか。適当に都合のいい女が欲しかったってことでしょう」
「適当じゃないよ、興味を持ったのは本当さ」
広瀬さんが否定しなかったことは、私にとってはすごく大事なことだ。
都合のいい女が欲しかったのは、肯定。
大人ってこんなにいい加減なものだっただろうか。
けして楽しいものではないと思っていたが、尊敬したいものだと思っていた。
もっと言えば、広瀬さんを尊敬したい人だと思いたかった。
それを覆されたから、悲しいだけ。
広瀬さんへの期待をすべて投げ捨てると、怒りではなく、出来の悪い後輩を慰めるような気持になる。
「興味って特別じゃないですよ。足元に転がってきたボールが気になっただけでしょう?」
興味はきっかけになるかもしれないけれど、イコール『好き』ではない。
もしかして、言い寄られることが多くて、そんなことを思ったことがなかったりして。
知っている部活のモテ男は、女の扱い方に慣れるが、自分のペースを崩さない。
何度、彼女がかわいそうだと叱ったことだろう。
まさに、今の広瀬さんだ。
そんな後輩に捕まった彼女がかわいそうなんて言ってた、自分がまさにその子。
「今まで通り、副店長の広瀬さんで、私はバイトの一スタッフ。それ以上でもそれ以下でもない。身体だけの関係なら他を当たってください。今までのことは犬に舐められたと思っておきますから」
「北村君はちゃんと女の子だよ、僕にとっては」
どれだけ言い繕ったところで、最初に『好き』がなければ、恋愛は成り立たない。
広瀬さんには、それがなかった。
考えれば考えるほど、私が勝手に盛り上がって、それに付き合ってくれただけなんだということに気付く。
元々隠し事はできない性格なら、好意が伝わるのは簡単。
それに付け込まれた。