囚われの姫
彼は今まで相手を縛らないと興奮出来なかったと言っていた。
縛らないで最後までできたのは真里花が初めてだ、とも。
それが喜ぶべきことなのか、嘆くべきことなのかは分からない。
でも、たとえ彼の気が向いたときだけであっても、縛らないで彼の肌に手を滑らせて足を絡ませることはとてつもないほど私の心を満たしてくれた。
勿論、縛らないで最後まで出来ない時もある。
そんな時にみせる彼の苦しそうな表情をみていると私はどうしようもない気持ちを持て余してしまうのだ。
大丈夫。
大丈夫。
彼に何度もつぶやき頭を撫でてあげてから、私の両手を縛ってくれと差し出す。
両手を縛られ私の体から一部の自由がなくなると、彼は狂おしいほど私の体を貫いて激しく揺さぶる。
「真里花、君は最高だ。俺のものだ。」
その言葉の意味は分かっている。
『俺に都合のいい女』
『縛っても、酷くしてもよがる淫らな女』
だから、未だに彼からのキスはもらえないのだろう。
でも、そんな彼を私は愛しいと思うようになってしまった。
もう戻れないところまで彼に堕ちてしまっている。
「大和さん、あなたが好き。」
一体何度この言葉を口にしたことだろう。
彼はただ微笑するだけだ。
面倒だと思われていることは分かっているが、私のように『都合のいい女』をまた見つけるのも面倒だと思っているはずだ。
彼の返事なんて望んでいない。
ただ私が彼にこの気持ちを伝えたいのだ。
ネクタイで縛られた両手首を彼の首に回す。
彼のことは"大和"という名前しか知らない。
私は彼の名前しか知らない。
彼は私の名前と職場と住んでいる部屋まで知っているのに。
むしろ、私の個人情報はほとんど全て知っているのに、私は彼の個人情報は名前しか知らない。
不公平だ。
本当に酷い男である。
彼に歳を聞いても答えてくれない。
何を聞いても教えてくれない。
つまり、私は信用されていないのだ。
私が一体何をしたというのだろう。
私は彼に危害を加えたことはないし、加えるつもりも毛頭ないというのに。
どうして、彼は私に秘密を作ろうとするのだろう。
******
「あんた、それ多分奥さんいるよ。」
同僚に言われたのは、お昼にランチを食べていた時だった。
「……奥さん。」
「だって、素性隠して会うたびヤって、男の性癖に付き合わされてさ。そんなの、利用されてるだけだって。」
「やっぱり、そうなのかな。」
「しかも、あんたの部屋まで押しかけてくるわけでしょ?ホテル代も浮いて、向こうもラッキーくらいにしか思ってないよ。」
同僚の客観的意見を聞いて、そういうことか。と納得した。
指輪をしていないので、勝手に独身だと思い込んでいたけど、既婚者だからといって指輪をしているとは限らない。
私と会うときだけ外している可能性もあるのだ。
奥さんがいるという発想がなかったため、余りにもしっくりきた。
そうか。そういうことか。
「真里花、聞いてる?」
「あ、うん。聞いてるよ。」
「とにかく、そんな男とは早いうちに別れなさいよ。」
「……う。」
「別れなさい。素性の知らない男なんて、危ないことだけは確かよ。まぁ、最近一人でバーに行かなくなったことは褒めてあげる。」
「……はい。」
彼と出会ってから、私は一人でバーに訪れることはなくなった。
それくらい、私にとって彼は大きな存在になっているのだ。
でも、彼にとって私はどれくらいの存在なのだろうか。