full of love~わが君の声、君の影~

「気がつかなかったああ」
突然目の前の男が頭を抱える。
(なんだ?こいつ・・?)
「なんなんだ?どうかしたのか?」
「だって今日子さんそんなそぶり全然。離婚したことだってあんなことがなければわからないままだったかも・・」

(あんなことって何だよ)
俺はこの男の口から彼女の名前が自然に出たことに少しイラッとした。
が努めて平静を装った。

「そうか・・あいつらしいな」
「あいつらしい?」
「ああ。あいつああ見えてけっこうプライド高いんだよな。人に弱いところを見せられない。人より重い荷物持っても「大丈夫です」とかいって後で肩に湿布貼ってるような奴」

そう。大学のサークルでキャンプに行った時だ
キャンプ場に着き、車から重い荷物を手分けして運んだ次の日。
誰ともなく「湿布臭いぞ」ということになって彼女が「スミマセン・・それ私です・・」と腕をさすっていた。
皆笑ってすましていたが
俺だけは前の日に体に似合わず大きな荷物を持ちにくそうにひょこひょこ運んでいた彼女を思い出していた。
その時はただその姿が面白くて見ていただけだったが
それまで「いたっけか?」くらいの子が急に気になりだした。
今まで付き合った女子の誰にも似てなかった。

「何でです?」
「は?」
「何でそういう人ってわかっていてほおっておいたんですか?」
「・・・」
「そういう人だから好きなったんじゃないですか!?だから結婚したんじゃないんですか!?なのにどうして・・」

冷静なつもりだった。
大人な態度で「おめでとう」を言って立ち去るだけのつもりだった。

「何故って・・君には関係ないだろ?なんだあいつがそういったのか?」
「彼女はそんなこと言いません!一言だってあなたの悪い話をしたことなんかありません!」
その言葉で俺の中の何かが切れた。

「一言も?あいつならそうかもな・・そうだよ。そういう子だから好きなった。結婚もした。だけど何年も一緒に暮らしてみろ?心配すれば「大丈夫」。気がつけば全部一人で済まして「大丈夫」って。何のために俺はいる?何のために一緒に暮らしている?なんでもそうやって全部自分ひとりでがんばって、俺のしたことも全部自分のせいみたいな顔をして・・好きな人がいるって聞かされた時も俺への当てつけかって。そうやってあいつは黙って俺を責めるんだ!」

こいつは俺をイラつかせる。あいつと同じだ。

俺は自分を落ち着かせようと煙草の煙を吸った。
「君もいずれ俺と同じになる。俺と同じように息がつまって逃げ出したくなるさ」

そうだ俺は逃げた。
そういう人だと知っていて逃げた。

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