full of love~わが君の声、君の影~
「俺はあなたとは同じにはなりません」
男はまっすぐに俺の目をみる。
「なぜなら彼女も前と同じ彼女ではないからです」
(こいつ・・)
見ると少し涙ぐんでいる。
男はキャップのつばをその目を隠すように下げる。
「スミマセン・・生意気言いました」
俺は会った回数は少なくてもこの男を知っている。
今でこそVIP待遇だがそんな彼にもそれまで不遇の時があった。
鳴り物入りでデビューしたものの音楽番組が続けざまになくなり
自ら音楽とは関係ないバラエティ番組に出て顔を売った。
バンド内ではケンカが絶えなかったし、彼の実家の店も窮地に立たされたりして
ここまで来るのにどれだけの壁を越えてきたのか。
例え越えられたとしても結果が出るとは限らないのがこの世界だ。
今ではそんなこと微塵も感じさせない。
才能があっても俺たちの力なくしては売れないと自負している。
売れた時は自分たちのことのように嬉しい。
だが自分も音楽を志したうちの一人としてその才能というものに嫉妬を感じる時もある。
悔しいかな自分にはないものを確実に持ってここにいる彼は
CDを何十万枚と売り1日でドームをいっぱいにする力は
ただ一人の人を変えることなど造作もないことのように思えた。
(そうだなあの時の俺とは違うかもな・・)