【退屈と非日常】(仮)

「あの、お兄さんの名前は何て言うんですか、こちらのお店の店長さんですか?」

特にないです、と言うべきだったのかもしれない。
思わず口から出てしまった。

私は元来脳内言語が非常に多く、普段はそれが独り言として口から出ないものの、脳内で自ツッコミが多めだという少々困った性分を持っている。いつもはそれをセーブしているけれど、今回は歯止めが効かなかった、どうしてか。

理由は簡単だ、お兄さんの顔が非常に好みだったからである。
本当に簡単な理由だ。

恋に落ちたか、カドクラアヤ。
いや、まだそれを推し量り、断じるには早計だ。

「あー、そう言えば名乗ってなかったですねえ」

眼鏡を押し上げながら、脚を組み直してお兄さんは笑う。
そして名前どころか歳は一体いくつなんだろう、若そうに見えるけど相当落ち着いている。

「僕は市村といいます、ここの店の店長ではなくオーナーです」
「オーナーってことは店長より偉いってことですよねえ?」
「そうですね、一般的には」

他にご質問は?と私の質問に動じた感じもなく、しかもこういう時にすべき質問、例えば「バイトが初めてですが大丈夫ですか」とか「やる気はあるのですが仕事内容は直ぐに覚えられますか」とかそういう質問でないということにもお咎めはなかった。

「他にご質問は?」
「歳はいくつですか」

名前を聞いたのだからもう何を聞いても怖くない。
だからここぞとばかりに個人的な疑問を口にしてやった。
これで不採用なら諦めも付くというものだ。

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