GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
 桜井くんが家出?
 そう訪ね返した真由子に、おれのことはいい、と短く言い置いて、知明は説明した。

 琴子の家出の理由について、美奈子さんに心当たりがないか聞きたいんだ。おれは常々あの家を出たいと考えていたが、琴子もそうだとは気づかなかった。全く想像してもみなかった。ただ、近頃はあまり妹と話をしていない。話さないどころか、ほとんど顔も会わせていなかった。だから、琴子が何を考えていたのかは、おれには全くわからない。もし、なにか悩んでいたとか──美奈子さんとは普段から親しくさせてもらっていたようだから、何か打ち明けたりはしていなかったか──知りたいんだ。

 そういう込み入った話なら、美奈子にではなくて、琴子ちゃんに直接聞くべきだわ。
 真由子の言葉に、電話の向こうで知明は頷いた様子だった。

 ああ、そのとおりだ。家にいるうちに、直接聞いて、こちらのことも──つまり、おれが家を出て1人で生活するつもりだっていうことを、きちんと話しておくべきだったんだ。

 知明は一端言葉を切って、それからゆっくりと言葉を選ぶ。
 美奈子さんが琴子から何を聞いていたとしても、それを無理に聞き出そうとか、そういうつもりはない。きのうまでにしておかなければならなかった話を、代わりに聞いて伝えてもらえたら、そのために少し時間がもらえたらっていうことだけで。

 しばらく考えて、真由子は聞き返した。

 もしかして、桜井くん、琴子ちゃんの家出の原因が、あなたにあるんじゃないかと思っているのね。あなたが何の説明もなしにいきなり家を出てしまって、あの両親のもとに1人で取り残されてしまったショックから、琴子ちゃんが行方をくらませたんじゃないかって。でも、もし仮にそうだとしたら、それを聞いて、あなたはどうするの? 琴子ちゃんがもしも本当に家を出たいと言ったら? あなたは琴子ちゃんを連れていけるの?

 知明は真由子の言葉には答えなかった。

 とにかく、あとで電話するから。

 そう繰り返す彼に、真由子は、蓮村くんに代わって、と頼んだ。そっち蓮村くんのケータイでしょ? そこにいるんなら代わってもらえないかな。

「じゃ、その蓮村さんって人も一緒に来るの?」

 店内は昼間と違って少し照明を落とし、各テーブルにランプの火が揺らめいている。
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