GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
 そこそこ広いテーブル席の4分の3ぐらいが埋まっていたが、カップルが1組いるほかはすべて女性ばかりのグループだ。中南米か中東あたりの出身か、日本人ではないが白人でもない面立ちをした若いウェイターが、料理の皿を乗せたカートを押しながら、せわしなく行ったり来たりしている。
 店内は静かで、国籍不明のエスノ系ポップスが小さく流れている。

 美奈子の質問に、真由子は軽く頷いた。

「蓮村くんと、桜井くん。それから桜井くんの連れがもう1人」
「お姉ちゃんの知りあいじゃなくて?」
「蓮村くんと相談して、どうせなら、桜井くんの引越し祝いというか、事実上の独立祝いも兼ねちゃおうかってことにしたの」
「独立って、琴のお兄さん、まだ学生でしょ?」
「塾講師のバイトをしているんですって。それが平均すると月収15万ぐらいになるそうよ」

 月15万と言われても、それが学生が1人暮しをするために多いのか少ないのか、美奈子にはよくわからない。充分なような気もするが、琴子の兄は私立の大学に通っている。授業料と教材費全般を引いて、アパートの家賃を差し引けば、生活費としていくらも残らないのではないだろうか。

「桜井くんには気に食わないところもいろいろあったけど、あのお母さんから離れる決心がついたのだったら、ちょっとぐらい祝ってあげてもいいかなって気になるじゃない」

 真由子はそう言うと、先に運んできてもらった炭酸入りのミネラルウォーターを一口飲んだ。

「この前、桜井くんの高校時代の話を少ししたでしょ。あのとき話した、桜井くんの彼女だった子を連れてうちを訪ねてきたクラスメートっていうのが蓮村くんよ。ていっても美奈子、あの話をわたしがあなたにしたってことは、コレだからね」

 人差し指を立てて、内緒よ、といった仕草をする真由子に、そんなこと念を押されなくてもわかるわ、と美奈子は答える。

 お店のドアを開けて入ってきた蓮村大介はひょろっとした長身の男で、不釣合いなぐらい手足が長く、顔も細長く、鼻梁が目立って長く、とにかく色黒で、エプロンをつけてせかせかと動き回っているここのウェイターよりもさらに日本人に見えないぐらいの黒さだったが、少々垂れ気味の目と人のよさそうなハの字型の眉の、愛嬌のある風貌の青年だった。
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