GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
 どこかで見たことがある。美奈子はそう考え、すぐに思い当たる。昼間、知明の引越しの手伝いに来ていた人の一人だ。

 続いて入ってくる桜井知明は、蓮村大介よりも少々背は低かったが、肩幅が広く、均整のとれたしっかりとした体格をしている。ハンサムだがどこか冷たい印象も与える怜悧な目許と薄い唇。兄妹なのにあまり琴子とは似ていない。いや、面差しは似ていなくもないのだが、優しげなところが全くない。兄に比べれば、腹違いの兄弟の梅宮紀行の方がまだしも琴子に似た印象を持っている……気がする。

 美奈子がそんな風に考えていたら、なぜか当の梅宮紀行が、さらに続いて入ってきた。

 最初見たときの記憶が、ふと蘇る。薄明るい髪の色と柔らかそうな質が、琴子の髪とよく似ていると思ったんだっけ。今は制服を着ていないため、あのときよりも少し大人びた印象で、高校3年生から大学1年生ぐらいに見える。

 それにしても、どうしてここに?

 いぶかしげに眉を上げる美奈子をめざとく見つけて、梅宮紀行は近づいてきた。

「やあ、美奈子ちゃん。また会えたね」

 蓮村大介が、よっ、と真由子に片手を上げ、桜井知明が、つきあわせて悪いな、と挨拶をする横で、梅宮紀行は美奈子に話しかけてきた。

「美奈子ちゃんが一緒に来るって聞いたから、思わずついてきてしまったよ。こんなに早く再会できるなんて思いもかけなかったけど、嬉しいな」
「桜井くん、誰? このナンパな少年は」
「弟だ」

 振り返って見上げる真由子に、知明は悪びれる様子もなくそう答えた。

「ふうん。この前電話で美奈子とわたしを間違えた子ね?」

 ぶしつけな真由子の視線に対し、梅宮はにっこりと笑って見せた。

「そのせつは済みません。声がそっくりだったもので」

 真由子は隣りの美奈子の仏頂面にちらりと目をやると、今度は蓮村を見上げて短く言った。

「座ったら」

 水を運んできたウェイターが、3人の後ろで黙って待っている。
 蓮村に目で促され、桜井知明と梅宮紀行は、真由子と美奈子のテーブルの向かい側の3人掛けの長いすの1番奥から、順に腰をおろした。
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