GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
15
 ちょうど美奈子の目の前に、琴子の家出の元凶となった男が座っている。

 梅宮の掛けたニセ電話が原因となって琴子が追い詰められてしまったことを思うと、彼がのんきな顔でここに座っていること自体がむしょうに腹立たしい。何か一言いってやりたい。
 とはいえ、髪を切る切らないの問題にまで発展してしまったことに対して、梅宮紀行に責任があるかというと、それは違う。そのことで彼を責めるのは言いがかりに他ならない。そもそも、琴子のママの物言いこそが言いがかりだったのだから。

 美奈子の複雑な胸中を知って知らずか、梅宮は身を乗り出して美奈子に話しかけてきた。

「お姉さん、美人だね。ちょうど美奈子ちゃんを大人っぽくしたような感じで」
「何しに来たの? そもそもどうしてこんなところにいるのよ」

 我知らず尖った口調になる美奈子の返事に、梅宮は肩を竦めた。

「今言っただろう。君が来るって聞いたから、会いたいと思って同行したって」

 隣りでは真由子と知明と蓮村大介の3人が、テーブルに頭を突き合わせてメニューを覗き込み、相談を始めている。
 それをちらりと横目で見ながら、梅宮は言った。

「琴子を捜し出してくれたんだってね。小学校のグラウンドにいたんだって?」
「どうしてあなたがそれを知っているの?」
「琴子が失踪したという連絡を最初に受けたのはおれだからね。桜井のおばさんが電話してきて、心当たりはないかだとさ。しかし、あれは人にものを聞く態度では全然なかったけどね、あのひと、この前の晩電話したときのおれの声を覚えていたみたいで、電話を切る前に、問い合わせのついでというにはあまりにも念の入った罵詈雑言を浴びせかけてきたけれど」

 そう言うと梅宮は、何がおかしいのか、くっくっと笑った。

「紀行」

 隣りに座っている桜井知明が振り向いた。

「話はあとにして、先に何を食うか決めろよ。……美奈子さんもどうぞ」

 知明は広げたメニューの1つを取って、美奈子の目の前に移動させる。アルファベットの飾り文字で書かれたメニューの上に、カタカナで小さくルビが振ってある。手書きをコピーした手作り感覚のものだ。
 美奈子は置かれたメニューの向きを変えて、梅宮の前に置いた。

「どうぞ、梅宮さん」
「美奈子ちゃんが先に見たらいいよ」
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