GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
「当分おれは、自分のことで手一杯だ」
「……そうでしょうね」

 溜息とともに、真由子は頷いた。

「出て行くのなら来年の授業料は出せないってお父さんに言われたんですって? そうでなくとも生活費を稼ぎながら大学に通いつづけるのは、生半可なことじゃないわよね。まして桜井くんの通ってる私立大学で、苦学生なんて他にはいないでしょ? 桜井くん、そんなにバイトしまくってて周囲から浮いてたりしない?」

 真由子の言葉を聞いた知明の口の端に、苦笑らしきものが浮かぶ。

「かもな」
「でも、だったらどうしてわざわざ美奈子を呼び出したの?」
「おれは美奈子さんと電話で話したいと言っただけだぞ」

 心外だという顔になって、知明は真由子を見、それから蓮村を見た。

「会食だなどと大げさにしたのはおまえらだろう」
「ああ、それはおれが言い出しっぺ。桜井の独立祝いを兼ねて集まらない?っつって誘ったの。そしたら菊本も同意してくれて」
「桜井くんのことは別にどうでもいいんだけど、妹に何話すのか気になったのよ。電話だと詳細が聞けないし」
「あれ、菊本さっきと言ってること違うじゃんか。あのお母さんのもとから離れる決心がついたんだったら、そりゃ祝杯ぐらいあげなくちゃとかなんとか言ってたくせに」
「……まあね。そういう気分でもあったのよ」

 しぶしぶ真由子は認めた。

「あのひとが全然何も変わってないんだってこと、改めて確認したばかりだし……」
「おれにはわかんないけどな」

 そう、梅宮が横から口を挟んだ。

「なんでそんな面倒な思いをしてまで、家を出るのかな。医師にならないって言って工学部を選んだ時点で、あんたの母親の関心は、あんたから琴子に移ってしまったんだろう? 親父がいずれあんたに桜井医院の運営を担うように言っていることだって、それが大学に行っている間に問題になるわけじゃ別になし、どうせだったら学費を出してもらって卒業してから家を出ればいいんじゃないか?」
「まあ、そういう考え方もあるだろうな」

 知明は、口元に苦笑を浮かべたまま、そう答えた。

「家族と居たくないという感情的な問題を、おまえに理解できるように説明できるとは思わないが、おれは条件さえ整えば、もっと早くに出て行くつもりだった。時期が半端なのは、むしろ出遅れたというだけのことだ」
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