10回目のキスの仕方
「美海が良ければ、あがってく?」
「…あの、でも…お邪魔に…。」
「全然。邪魔なのは春姉。」

 少し困った圭介の顔は普段あまり見ない。美海は小さく笑った。

「え…何?何かおかしいこと言った?」
「いえ…あの、困った顔…珍しいなって。」
「…困ってるよ、来る予定なかったし、しかも彼女とか意味わかんない嘘つくし。」
「びっくり…しました。お姉さん…だったんですね。」
「びっくり箱みたいな人なんだよ。」

 呆れたように言ってはいても、そこに愛情は感じられる。そんな圭介の姿にほっとする。『嫌いではない』と伝えた日から気恥ずかしくて顔を合わせることができなかった。それでもお裾分けという理由を用意して、決死の思いで届けに来た。それがこんなハプニングに見舞われてしまうなんて想定外だ。

「ねー圭ちゃんに美海ちゃん!立ち話もなんだしさー一緒に飲もうよー。あたしビールもおつまみもチューハイも買ってきたよー。」
「酔ってもちゃんと部屋まで送るよ。」
「…ご迷惑をお掛けした思い出が…。」
「…迷惑じゃなかったよ。」
「え?」
「…目が離せなかった。美海は危なっかしくて、心配になるよ。」
「…すみ、ません。」
「どうぞ。春姉が来たことで一段と狭くなってるけど。」
「…お邪魔、します。」

 頬が熱い。あの時からずっと、圭介が自分のことを気にかけてくれてくれたことが素直に嬉しい。そう思うのに、『好き』の二文字は言えない。気持ちはもう、きっとそれだとわかっているのに。口にするのは怖い。

(…ずるいな、自分は…やっぱり。)

 圭介の真っ直ぐな優しさに触れて感じる温かい気持ちは、美海をとても安心させてくれる。同じような安心を返したいと思う気持ちもあるのに、動かないのは動けないせいにしているからだということもわかっている。わかっていることだらけなのに動かない美海を急かす素振りもなく、ただ優しさだけを携えていてくれる圭介に、複雑な気持ちを抱え続けている。

「あーやぁーっときたー!飲もうよ美海ちゃん!」
「あ、あのっ…私お酒…。」
「美海は未成年。」
「えーそうなんだぁーでもだいじょーぶだよね。最悪ここに泊まっていけば。」
「と、泊まるなんてっ…!」

 顔がより熱くなったのを感じる。そんな美海に気付いた圭介は美海を自分の隣に座らせ、呆れた顔を小春に向けた。

「…美海は春姉と違って純粋だから軽口禁止。」
「へーぇ、圭ちゃん大事にしてるんだ。」

 ニヤッと笑った小春に、美海は視線を泳がせた。
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